055 選抜会の幕開け
七月六日、建国祭前日。
現在、城下町の噴水広場には物凄い人数が集まっていた。
下は俺と同じ年頃で、上は腰を曲げた老人まで。主役席に座る勇者へ向けて老若男女が期待の眼差しを向ける。
「これから選抜会を始めますっ。皆さんのこともっといっぱい知りたいので、たっくさん話しかけてくださいね!」
開会の言葉を放つアニカにつられて熱狂的な声援が上がり、俺達のパーティメンバー選抜会が幕を開けた。
俺とアレクサンダーとクララは人知れず顔を見合わせる。
三人共いつもの装いは脱ぎ去り、城下町の民に紛れるよう変装をしていた。
アニカは〝勇者〟として立候補者を見定め、俺達は〝参加者〟として立候補者を見定める。
人混みで視線を遮れないのは心許ないけれど、この場には誰もが目を奪われる勇者がいるから。
不思議と落ち着いていられた。
アニカが参加者と同じ土俵まで降り立つと、およそ半数の人がわっと彼女の元へ群がって壁を作る。
彼らは一様にやる気に満ち溢れているように見えた。
勇者と話したい。
勇者に気に入られたい。
とにかく目立ちたい。
様々な思いが飛び交う様子を少し離れたところから観察していると、輪に外れたところで独り佇む参加者の姿もあった。
単純に内向的な者、傲慢な態度を隠しもしない威圧的な者、そもそも人とつるむ気がない孤高の者。
彼らにも参加した理由を聞きたいものだ。
残りは参加者同士で和やかに雑談をしていた。
クララもその内のひとりで、変装してなお彼女の見た目に惹かれた男が引き寄せられている。
しかしある程度話をすれば、クララは続く質問をさらっと躱して次のグループへ移っていった。
アレクサンダーもアレクサンダーだ。
俺と初めて会った日のように言葉数少なくしれっと輪の中に入り、二言三言喋ったかと思えば話者の情報を見事に引き出している。
こうしちゃいられない。
俺も俺の役目をしっかりと務めねば。
これから仲間になる……かもしれない人を見定めるために俺が判断を委ねられたのはたったひとつ。
「仲間にできる人柄かどうか」だ。
頬を叩いて気合いを入れ直す。
とりあえず穏やかそうな人達の輪に混ざってみよう。
そう思って辺りを見渡していると、不意に聞き覚えのある声が俺に投げかけられた。
「あ~、バゲットサンドとぶどうジュースのお客さんだ~」
視線を彷徨わせると、ウェイター姿の女の子がひらひらと手を振っている。
「……俺?」
「そうですよ~。よかった~、知ってる人ぜーんぜんいなくて~。お話しましょ~」
この子……もしかして露店の店員か?
頭の上の二重リボンに金髪のツインテールの知り合いなんて他にはいない。
いや、知り合いというほどですらないと思うけど。
「いいですけど……よく覚えてましたね、俺のこと」
「お客さん、いつもローブ着てるでしょ~? いつも同じ服を着て同じ注文をするお客さんって覚えやすいんですよね~」
なるほど、言われてみれば確かにそうだ。
仕事帰りにいつも同じ料理を食べていく常連さんがいたことを思い出す。
個人として話しかけることはなかったものの、ちょっとした親近感を抱いていた。
「それにしてもお客さんが選抜会に来るなんてちょっと意外です~。もしかして、お客さんも勇者さんに誘われました~?」
「『も』? ってことは、店員さんは勇者に誘われて参加したんですか?」
「はーい、そうでーす。勇者さんとはお仕事の間によくお話するんですよ~。いろいろなお話を聞いて、たのしそーなので来ちゃいました~」
そういえばアニカが民に声をかけてるって話を聞いたな。
人混みができるくらい囲まれてたんだっけ。
他にも勇者に声をかけられて来た人はどれくらいいるんだろうかとこぼせば、店員の少女は「たくさんいますよ~」と軽い調子で何人かに手を向けて教えてくれる。
「あっちの人や向こうの人にも声をかけてました~。あとは~……店主さんにも声をかけたいって言ってましたね~」
「店主?」
「古本屋さんですよ~。ワタシはご本人とはお話したことないんですけど~、弟さんや妹さんがよくお店に来てくれるんです~」
ざっと見渡したけどまだ姿は見ていないらしい。
彼女の言っている人物はもしかして、魔法薬書を売ってくれた古書店主のことだろうか?
あの人なら古い文言の魔法薬書も読めたはずだ。
店主が手を貸してくれたら副団長にかける負担も多少は減るだろう。
見かけたら絶対に話しかけようと心に決め──そんな俺をいろんな角度から見る視線に気が付いた。
「あの……何か?」
「お客さん、きれーな髪ですね~。お肌もキメ細やかで羨ましいです~。普段どんなお手入れをしてるんですか~?」
突然の話題の変化に目を見張った。
とりあえず返事をしようと思案するけれど、特別何かをしているわけではない。
ああ、でもクララが来てからは生活の質が一気に上がったし、そのおかげではあるかもしれないな。
しかしそこを喋れば俺の正体がバレる可能性がある。
ひとまずこちらも話題を変えるとしよう。
「特に何も……あ、前から気になってたんですけど、頭のリボンいいですね」
「うふふ~可愛いでしょ~」
前にも一度だけじっくり見たことがある。
髪色と同じく金色の大きなリボンと、それを束ねるように結ばれた赤いリボンだ。
赤い方は普通のリボンっぽいけれど、やっぱり金色の方はふわふわとしていて質感が気になるな。
「あ~お客さんも興味持っちゃいますか~? これ、北の方で流行ってるリボンなんですよ~。ふわふわしてて、まるでウサギさんみたいですよね~」
店員の少女は独特のテンポでころころと話題を変えていく。
この感覚には馴染みがある。何故ならこの世界に召喚されてからアニカを始め様々な人の聞き役になってきたからだ。
攻撃的な話題なら避けたいところだが、日常の面白おかしい話はむしろどんとこいだ。
「いました~。あの人が店主さんですよ~」
華奢な指の先を目で追えば、男がひとり雑談の輪の中から抜け出していく姿が見えた。
男は飲食の置かれているテーブルへ向かって一杯の水を一息で飲み干す。
そしてアニカのいる方向を確認して勢いよく歩き出すものの、人の多さに断念したのかとぼとぼと人垣からテーブルへ戻ってきた。
「はあ~……」
俺のところにまで深い深いため息が聞こえる。
しかし両頬を叩いて気合いを入れ直したのか、今度は雑談の輪に混ざろうと周囲を見渡し始めた。
ぼんやりとした記憶しかないが古書店で会った店主は彼のような気がする。
一連の動作に親近感を覚えた俺は、彼の存在を教えてくれた店員の独特弾丸トークを恐々としながら遮った。
「ちょっと店主さんに話しかけてきます」
「はーい、いってらっしゃいませ~」
彼女は接客の時と同じ笑みを湛えて俺を見送り、すぐに別の輪の中へ入っていった。




