052 アニカの帰還
王城にある医療施設にはベッドが複数あった。
布マスクで顔を覆った看護師らしき女の人が一番奥のベッドの前にいる。
入り口で近付くのを躊躇ってしまった背中をクララが支えてくれて、俺は深呼吸をしてから再び足を進めた。
「……あ、カズミくん。よかった、君は元気そうだね」
大きな装置と看護師の間に副団長がいた。
彼の目元にはうっすらと隈が見える。廃村での一件以降も奔走していたのだろう。
騎士団の仕事も大変だろうにアニカの様子まで見に来てくれてるなんて、本当にこの人には頭が上がらないな。
「すいません副団長……すぐに、来れなくて」
「そう思い詰めないで。凄惨な場面を目の当たりにしたんだから仕方ないよ」
「……アニカの様子、どうですか?」
繋がれている管は呼吸補助だろうか。
包帯が頭と首下に巻かれてはいるもののただ眠っているように見える。
「外傷の心配はないかな。おれもさっき来たところなんだけど、まだ目を覚ましてはないみたい」
言いながら、副団長はベッドに繋がっている装置を触っていた。
何をしているのかと問う前に答えが返ってくる。
「うーん、アニカちゃんを包んでる魔力が微弱だね。でもおかしいな、健康体なら一日休めば多少は回復するはずなのに……まるで魔力がどこかへ消えてるみたいだ」
ってことは、やっぱり俺と同じで魔力切れに近い状態なのか?
それならこれが……アレクサンダーの魔導具が使えるかもしれない!
「副団長! 俺から魔力を渡せる魔導具を貸してもらったんで使ってもいいですか……!?」
「え? そんな魔導具どこで手に入れたの?」
「私達の仲間のアレックスからよ。カズミとアニカの魔力の質が本当に同じなら、手で触れて注ぐよりも確実だと言っていたわ」
腕輪と俺達へ交互に視線が向けられる。
少し考える素振りを見せて副団長は頷いてくれた。
「できることがあるならやってみよう。カズミくん、お願いできるかな?」
「はい!」
駆け足でベッドに近寄り、薄い掛布団からアニカの手を出して二つの腕輪をそれぞれ装着する。
それからは両手を合わせて祈った。
今の俺が一番魔力を意識しやすいのはこの姿だと学んだから。
何度も何度も名前を呼ぶ。
どうか俺の声がアニカに届きますように、と。
全身に魔力を巡らせること数十秒、変化はすぐに訪れた。
俺の腕輪の魔晶石がぼんやりと光を灯す。
かと思えば急激に魔力が吸い取られるような感覚が走り、アニカの腕輪の魔晶石も同じ反応を示した。
「おおっ! アニカちゃんの魔力反応が強くなってくよ……!」
魔導具がアレクサンダーの想定した通りに動いているんだ。
嬉しくてますます両手に力が篭もる。
もっと、もっとだ。俺のありったけの魔力を注げ。
また倒れてしまってもいい。アニカの元気な姿を見るまで俺は今度こそ絶対に諦めない。
魔力を注ぎ始めてたかだか数分で息が上がってきた。
想像以上に腕輪に吸い取られるスピードが速くて思わず目を閉じれば魔導具がひとりでにカタカタと震え出す。
三人とも警戒態勢を取ると──魔晶石がピキンと音を立てて亀裂が走り、腕輪がパラパラと砕けて床に落ちた。
アニカの腕輪も同じだ。シーツの上で跡形もなく壊れている。
これは有り合わせで作ってくれた魔導具だ。
むしろ出来過ぎだと言ってもいい。
装置の反応を信じるのなら俺の魔力は確実にアニカへ渡っている。
あとは以前と同じように直接渡し続けよう。シスターに教えてもらった感覚を思い出しながら。
彼女の手を取ろうとした俺の視界にそれは映った。
アニカの指が、ぴくりと動くその瞬間を。
「……はえ、あたし、なんでここに……?」
「!! アニカ!! 俺が解るか……!?」
桃色の瞳がうっすらと開かれた。
何度も瞬きを繰り返してから俺達をゆっくりと見遣る。
「カズミさん、クララさん、副団長さん……どうしてそんな顔してるんですか……?」
俺は今、どんな顔をしているんだろう。
笑っているのか、泣きそうなのか。自分でも解らないけれど……きっとぐしゃっとしているに違いない。
ベッドの端でシーツに額を擦り付ける。
崩れ落ちた膝の痛みなんてまるで気にならなかった。
「アニカが……珍しく寝坊なんてするからだぞ……」
「……えっ! わ、わ! あたしそんなに寝ちゃってたんですか!?」
「うん……はは、かなり寝てたよ。クララが作ってくれたご飯も食べないんじゃないかって、ちょっと思った」
こぼれそうになる雫が真っ白な布に吸い取られていく。
アニカが慌てて起き上がったのかベッドが揺れた。それが彼女の元気さを裏付けているようで嬉しくなる。
「アニカ、私の指を目で追って見てちょうだい」
「はいっ」
「身体の調子はどう? 息苦しかったりしないかしら」
「えっと……なんだかすっごく元気いっぱいです!」
「そう。じゃあ、何をどこまで覚えてるか思い出してみてくれる?」
俯いたまま袖で目元を拭ってちゃんと立ち上がる。
クララの問診を受けていたアニカはキョトンとしていたが、直前までのことを思い出してきたのかいろんな顔を見せていた。
「ハッ! あの子達は無事ですか!?」
「三人共無事だよ。アニカちゃんのおかげで大きな怪我もなかったし、今は親御さんのところに帰ってる」
「本当ですかっ! よかった~!」
「よかったけどよくないよ。アニカちゃんも、カズミくんも」
「? 副団長さん?」
静かに見守ってくれていた副団長が遊びのない声で語りかける。
物言いに対して様々な感情が伝わってくるようで思わず俺は背筋を伸ばした。
アニカも気付いたのか、眉尻を下げながらもベッドの上で姿勢を正す。
「確かに二人の行動は国が求める勇者と賢者の理想像ではあるよ。だけど、それは今の君達に求めていることじゃない。酷なことを言うかもしれないけど、アニカちゃんにもカズミくんにも足りないことがまだまだたくさんある」
「「はい……」」
「民を守りたいって気持ちもアニカちゃんを助けたいって気持ちも尊重する。君達ならいずれ誰からも頼られるような人になれるっておれは思ってる。だからこそ、今はまだ守られる側であることを自覚してほしい」
「「すみません……」」
召喚されてから一ヶ月と経っていないけれど、この人が俺達のために手を尽くしてくれたことを知っている。
それが申し訳なさを助長させた。
「あの時は身体が勝手に走り出しちゃって……反省してます。でもあそこで動かなかったら、あたしはあたしを勇者と呼べなくなる気もして」
「……そうだね。どういう理由で守られているかを知らなければ、やるべきこととそうでないことの分別も付けづらいよね」
閉口してしまった俺とは違い、アニカは自分の気持ちをちゃんと伝えようとして偉いな。
俺もこういうところから変わっていかないとダメだ。そう考えて口を開くよりも先に──副団長が身体を深く折り曲げる。
「アニカちゃん、カズミくん。ごめんなさい」
「どうして副団長が謝るんですか……?」
「本当は勇者を実践に連れていくべきだし、賢者にも最初から戦闘訓練に参加させるべきだって考えてた。だけど……できなかった。君達はまだ二十に満たない子供だ。騎士になるべく訓練を続けてきたわけでもない」
「…………」
「少なくとも一年くらいは危険に触れてほしくなくていざこざから極力遠ざけてたけど……それはただのおれのエゴだ。遠ざけることで守っている気になっていたんだって気付かされたよ。だから、ごめんなさい」
ああ、この人も母さんと同じだ。
人を気にかける優しさがあって。
人のことを大切に思える強さがあって。
人が安心してしまう頼もしさがあって。
「……エゴなんかじゃないです。少なくとも俺は……俺達は副団長が守ってきてくれたおかげで今もここにいます」
「カズミくん……」
「俺も、ごめんなさい。大変な時にもわがまま聞いてもらって……今度から気を付けます」
「あたしも! ごめんなさい副団長さんっ。次からは騎士団の人と一緒に飛び出しますっ!!」
二人でもう一度一緒になって謝ると、副団長はようやく気の抜けた笑みを浮かべてくれた。
優しい人が優しく在れる世界でありますように。
そう思う気持ちは、今も全く薄れていなかった。




