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051 「あたしを呼ぶ声がする!」

 小さな頃から毎日お友達と村中を走り回るのが日課だった。


 朝はおじいちゃんのお手伝いをして、お昼ご飯を食べて、お友達といっぱい遊んで、またお手伝いをして、おばあちゃんと晩御飯を一緒に作って、それで。


「──アニカ」

「はいっ、なんですか──あれ?」


 呼ばれて振り向いたけど誰もいない。今の今まで遊んでた子達もみんなどこかへ行っちゃった。


 あれ、あれれ。あたし、何してたんだっけ?

 今あたしを呼んだのはだぁれ?


 つきんと痛みが走る。どこが痛いのかわからなかったけど、なんだかとっても大事なことのような気がするのはなんでだろう。






『聞いたぞアニカ、かけっこで転んだのに最後まで走り抜いたんだってな。よく頑張ったな~!』

「あっ、お兄ちゃんっ!」


 顔を上げたらお兄ちゃんがいた。

 女神様に選ばれて勇者になったお兄ちゃんはいつもいろんな場所に駆けつけてこの国の人を守ってる。

 そんなお兄ちゃんがかっこよくて大好きだった。






『髪、伸びたな』


 十二歳の誕生日、お兄ちゃんがお祝いをしに村に帰ってきてくれた。


 あたしは嬉しくって何度も「剣術を教えて!」とせがんだ。

 いつかお兄ちゃんと一緒に戦いたいから。お兄ちゃんみたいにこの国の人達を守りたいから。


 だから教えてほしいとせがむとお兄ちゃんは少し困った顔をして、代わりにプレゼントを結んでいたリボンであたしの髪を結んでくれた。


 右と左。綺麗に結んでもらった三つ編みが嬉しくって。

 自分でやるとお兄ちゃんみたいには結べなかったけど、お兄ちゃんが力を貸してくれてるみたいでパワーがあふれてきた。






『……アニカ、まだ剣術を教えてほしいか?』


 それからしばらくして、またお兄ちゃんが帰ってきてくれた。

 だけどなんでだろう。ちょっと難しい顔をしてる。


「いいの!? 教えて教えてっ!」


 あたしはお兄ちゃんの真似をして大剣を選んだ。

 だってあたし、お兄ちゃんみたいになりたいから!

 頑張って頑張って頑張って、いつかお兄ちゃんの力になるんだ!






『……アニカは勇者になれて嬉しいか?』


 お兄ちゃんがあたしの前を歩きながらそう言った。

 顔が見えないのが、少しだけ、不安になった。


「うんっ!」

『それはどうしてだ?』

「昔よりもいろんな人を守れてると思うから!」


 立ち止まったお兄ちゃんの背中にぶつかる。

 鼻をさすりながら見上げるけれど、太陽の光が強過ぎてお兄ちゃんの顔に影がかかってた。


『アニカは勇者としてよく頑張ったよ。だからもういいんじゃねーか?』


 もういい? 何を?

 お兄ちゃん、どうしたの?

 なんだかあたしの知ってるお兄ちゃんじゃないみたい。


『もう充分だ。これ以上アニカが苦しむ必要なんてない。あとは次の勇者に任せようぜ』


 お兄ちゃんがあたしの手を取ってまた歩き出した。

 頭がぼーっとする。お兄ちゃんがそう言うなら、次の勇者に任せた方がいいのかな。


 あれ、次の勇者ってなぁに?

 あたしはもう勇者じゃないの?

 女神様から授かったチカラ。お兄ちゃんのやりたかったことをあたしがやってみせるんだって思ってた。


 でも……そうじゃなかった、のかな?






「──アニカ」


 まただ。またあたしを呼ぶ声がする。

 あなたは誰? あたしを知ってるの?


「──アニカ、アニカ」


 足が止まった。振り返ったお兄ちゃんの顔がやっと見える。あたし達が大好きな笑顔を浮かべてた。


『どうした、行かないのか?』

「お兄ちゃん、どこに行くの?」


 どうして笑ってるの。

 どうして答えてくれないの。






 ──アニカ。

 ──アニカクン。

 ──アニカ。

 ──アニカちゃん。

 ──あーちゃん。

 ──勇者様。






 いろんな人の声が聞こえる。さっきよりもはっきりと。

 知ってるような、知らないような。

 不思議な感じだ。


 だけどその声はあたしの心をポカポカにしてくれる。

 ぼーっとしてた頭にもみんなの声が染み渡ってきた。


『行こうアニカ。村のみんながお前を待ってるぞ──』

「ねぇ、お兄ちゃん」

『──なんだ?』

「お兄ちゃんは勇者になれて、嬉しかった?」

『…………』


 お兄ちゃんが何かを言ってる。

 口をパクパクさせてるのは見えてるのに、声だけが聞こえなくなっちゃった。


 あんまり見たことない鋭い目付き。

 お兄ちゃんがいつもあたし達の前で笑ってたのはあたし達を安心させてくれるためだったんだって、今気付いた。


 そう思うと、自然と口から気持ちがこぼれる。


「あたしね、お兄ちゃんの背中をずっと追いかけてたかったんだ」

『…………』

「困ってる人がいたらすぐに駆けつけてえいって解決するお兄ちゃんはあたしの……ううん、あたし達の誇りだから」

『…………』

「これからもたくさんの人を助けるはずだったのに……あたしのせいでできなくなっちゃったこと、ずっとずっと謝りたかったの」


 お兄ちゃんの声は相変わらず聞こえない。

 だけど、それでも。あたしはお兄ちゃんを真っ直ぐに見た。


「あの時言えなかったこと、言うね」


 あたしを庇ったお兄ちゃんの姿が忘れられない。

 腕の中で動かなくなっていくのも、冷たくなっていく温度も絶対に忘れない。


 悲しくていっぱい泣いたけど……そんなあたしを、お兄ちゃんなら笑い飛ばしてくれる。


 絶対にそう!

 だってあたしの見てきたお兄ちゃんは、いつだって助けた人を笑顔にしてくれる人なんだからっ!


「お兄ちゃん、あたしを助けてくれてありがとう! えへへっ」


 いつの間にか景色が見えなくなって真っ暗な世界にいた。

 あたしが瞬きをする間にお兄ちゃんの姿も見えなくなる。


 でも、最後に見た顔は強くて優しくて最高に頼もしい笑顔だった。

 あたし達が大好きな笑顔。

 あたし達にとっての勇者の象徴。


 いつかあたしもみんなが安心するような勇者になるから。

 見ててね、お兄ちゃん。

 昔読み聞かせてくれた絵本みたいに、お兄ちゃんが目指した平和を掴み取ってみせるよ。


「よーしっ! えいえいおーっ!!」


 どこに行けばいいかも解らないから走ってみる。

 あっちに行ったり、こっちに行ったり。

 あんまり考え過ぎるのは得意じゃないから、その分あたしはいっぱい身体を動かすんだ。


 走り続けてるとまた声が聞こえてくる。

 あたしを呼ぶ声。

 「アニカ」って呼んでくれる、大切な人達の声。


 思い出した!

 あれは戦火を浴びても頑張ってる城下町の人達だ。

 こっちはいつもあたしを助けてくれる師匠と副団長さん。

 そっちは久しぶりに会ってさらにかっこよくなってた幼馴染みのぐらちゃん。


 それで、それで──


「アニカ……!!」


 ──これは、あたしを心配してくれてるカズミさんの声だ。


 どうしてだろう。あの人が泣いてるところなんて見たことないのに、涙をためる姿が頭に浮かんだ。

 だけど……あれ? なんだか本当に泣き声が聞こえるような。

 カズミさんじゃなくて……子供?


 早く行かなきゃ。

 早く「もう大丈夫だよ」って言わなきゃ。

 そうしないとダメだって、なんでかそう思える。


 あたしはまた走った。

 ひっそりとすすり泣く声に向かって進み続けると、ドンッと透明な壁にぶつかった。


 ここからはどうすればいいんだろう。

 周りをキョロキョロと見渡すと、膝を抱えて身体を小さくした子供が透明な壁によりかかってることにハッとする。


 泣き声はもうしない。

 でもこの子の背中がすっごく弱々しくて、あたしはそっとしゃがんで声をかけた。


「こんなところでどうしたの?」

「友達を待ってるんだ」

「友達を? はぐれちゃったの?」

「うん」


 顔を上げてくれない。振り返ることもない。

 それなら、やることはひとつだよね。


「大丈夫! あたしと一緒に探しに行こうっ!」

「一緒に行ってくれるの? 見付からないかもしれないよ?」


 顔が見れなくても解る。この子は不安なんだ。

 ちょっと後ろ向きで、だけど最後の希望は捨てられない。

 あたしの知ってる優しい人にそっくりだ。


「じゃあなおさら君をひとりにはできないよ。どんなに時間がかかっても絶対に見付けてみせるからっ」

「……本当? 約束、してくれる?」

「もちろんっ!」


 震えていた子供がゆっくりと振り返る。

 あたしが手を差し伸べればパチパチと瞬きをして、そうして安心したように笑ってくれた。


「もう……あんまり無茶はするなよ」

「えへへ、気を付けますねっ」


 お互いに笑い声がもれる。

 子供の影がいつの間にか大きくなっていた。

 真っ暗だと思っていたのに彼の後ろには強い光が差し込み、透明な壁にどんどんヒビを入れていく。


「帰ろう、アニカ」

「はいっ!」


 音もなく崩れ落ちた壁の向こうからも手が伸ばされ、あたしはそれをめいっぱいの力で握り締めた。


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