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047 シュロットの仕組んだ罠

 城下町の城門を出て平原東へ馬を走らせること十数分。俺達は森の中で徒歩に切り替え、この先にある廃村へ静かに距離を詰めていく。

 道すがらに点在している家屋の残骸や雨風を浴びた家具が痛々しい。

 大戦でどれだけの被害を受けたのかを想像するだけで気分が悪くなった。


 廃村は修繕の手が回らないことをいいことにシュロットが占拠しているらしい。

 しかも危険思想の色が強く、騎士団の目を掻い潜って爆弾や殺傷力のある魔導具のやり取りまで盛んに行われていて。

 

 シュロットは個人主義者が多く内部に潜入もしづらい。

 集団で近付けばすぐに目立ってしまうだろう。

 まだ全容が掴めていない敵陣に騎士団が乗り込めなかったのも頷ける。


 俺は徘徊しているシュロットから身を隠しながら、第四副隊長から離れないよう必死に足を動かした。


「あれは──アニカだ……!」


 視界の奥に人影を見付けた。廃屋から子供二人を庇いながら飛び出してきたアニカの姿に安堵の息がこぼれる。

 アニカは無事だ。子供達も涙を堪えて懸命に走っている。


「静かに。まだ飛び出さないでください」

「でもアニカがもうそこに……!」

「勇者さんの近くにシュロットの姿がないことが気にかかります。どこかに潜んでこちらの様子を見ていないとも限りませんよ」

「なら、俺が囮になって気を引けば──」

「あなたが人質になれば勇者さんも手出しが難しくなるだけだと思いますけど」

「──そ、そう、ですね……すいません」


 焦るばかりで感情が先に口を()いてしまう。

 第四副隊長が腕で俺を制してくれていなかったら確実に飛び出していた。


 大丈夫、大丈夫だ。アニカはそこにいる。

 先行した四人の団員も後に続く団員もそれぞれが廃村を囲んでいるはずだ。

 アニカと子供達が廃屋から距離をとることができれば、すぐにでもこちらから保護の手を差し伸べられる。


 そう、大丈夫なんだと、頭では考えているのに。

 どうしてだろう。俺の心には焦燥が募るばかりで心拍数がさらに上がっていく。

 鼓動が耳の奥でドクドクと大きな音を響かせ、頭が痛くて堪らなかった。


「──────!!」


 アニカが叫んでいる。

 視線の先は死角になっていて見えないけれど誰かがいる。

 懸命に耳をすませれば「逃げて」と聞こえた気がして。

 その直後、背に守っていた子供二人が手を繋いで後方へ走り出し──アニカは前方に向けて地面を蹴った。


 廃屋の死角から男が姿を見せる。

 恐らく子供を攫ったシュロットだろう。

 シュロットはそのまま、腕に抱えていた(・・・・・・・)子供を宙へ放り投げた。


 高く飛び上がったアニカが空中で子供を受け止めて無事に着地する。

 そうしてようやく気付くのだ。

 子供を助ける(・・・・・・)行動こそがシュロットの仕組んだ罠だということに。




 子供を守った勇者の足元へ小さな球体がころころと転がっていく。

 まるで映画をスロー再生しているみたいだ。視界に移る光景に思考も引き摺られてしまう。


 足元に目を向けたアニカが子供を抱えたまま廃屋へ飛び退いた姿を視界に留めた瞬間、悲劇(それ)は起こった。


「ぐぅ……っ!!」


 まずは視界が何かに覆われた。

 次に轟音と豪風に煽られて背中に激痛が走る。

 どうにか頭は守ったけれどくらくらする。甲高い耳鳴りが周囲の音を拾ってくれない。


 目眩が落ち着く頃、視界を覆っていた何かが取り払われた。

 夕陽に焼けた空が見える。第四副隊長が外套で障壁を作ってくれたことに気付くのに時間がかかってしまった。

 俺達のすぐそばに瓦礫が積み上がっているのを認識し、ゆっくりと記憶が呼び起こされる。


『アイツらが使う爆弾の威力がヤバくて』

『シュロットがどんな魔導具を使ってくるかは完全に予測しきれないよ』


 爆弾だ。

 間違いない。シュロットがアニカの足元に投げたのは騎士団が警戒していた魔導具だ。


「立てますか? あなたはこのまま石柱の陰に隠れていてください」


 じゃあ、じゃあ……アニカは?

 爆風と衝撃音がここまで轟いたんだ。爆心地にいた彼女はちゃんと身を守れただろうか。


『アニカっちは防御障壁をまだ使えないっぽいし、むしろ物理的な衝撃を緩衝できるアニカっちだからこそ、爆発にも突っ込んじゃいそうで危ないっていうか……』


 防御障壁についてはクララの話の中でいつの日か聞いた覚えがある。

 第四副隊長が外套一枚で俺を守ってくれたのもその魔法だろう。


「賢者さん? 俺の声、聞こえてますか?」

「は、い……」


 耳鳴りが小さくなり、ようやく周囲の音を拾い始めた。

 最初に第四副隊長の声が聞こえ、次に呻き声が上がる。騎士団員がシュロットを取り押さえているようだ。


 そして、聞こえた。

 子供の泣く声が。

 土煙の奥──爆発直前にアニカが飛び退いた物陰の方から、確かにひとつ、声がする。


 ひとつの声しか、聞こえなかった。


「アニ、カ……アニカ……!!」


 俺は制止を振り切って走り出した。

 子供の泣き声を頼りに土煙で不明瞭な視界の中を進み、躓きながらも止まることなく足を動かす。


 目的の場所が目前となったところで大きく風が吹き、漂っていた土煙が晴れた眼前に瓦礫の山が現れた。


 最悪の事態()が、脳裏を、過ぎって、しまい──


 ──いや、いや! そんなはずない!

 そんなことあるわけがない!


 怪我をするのも厭わず瓦礫を崩していく。

 誰かが隣で手伝ってくれている。けれど俺に余所見をする余裕はなく、段々と大きくなる子供の声を目指して進むだけ。

 一際大きな瓦礫を二人がかりでなんとか持ち上げると、ボロボロではあるが五体満足の子供を無事に救い出した。


 ほっと一息ついて──見付けた。子供の隣で力なく倒れている、アニカの姿を。


「ッ……ッ!!」


 アニカの周りにある瓦礫も慌てて投げ捨てた。

 隠れていた彼女の背中が露わになればなるほど俺の胸は詰まっていく。

 服は無惨に焼け焦げ、爆発の破片が針山のように突き刺さっていて「痛々しい」なんてレベルじゃない。


「うぅ……」

「っ! アニカ!!」


 硬直した俺の身体を突き動かしたのは息も絶え絶えに痛みに喘ぐアニカの声だった。

 まだ生きてる。生きているんだ。

 熱くなる目頭を抑えながら彼女の手を取り、意識を保つよう必死になって呼びかける。


「今……今、俺が回復してやるから……すぐによくなるから……大丈夫だからな……っ!!」

「……ふ、へへ」


 そうだ、大丈夫なんだ。

 この間のように回復魔法を使え。そうすれば絶対、絶対、回復するはずなんだから。


 手を強く握ったまま全身に魔力を巡らせる。

 治れ、治れ、治れと、持てる限りの魔力を回復に充てようとした。


「くそっ……なんで治らないんだ!!」


 けれど瓦礫撤去で傷だらけになった俺の手が治っていくばかりでアニカに回復の兆しが見られない。

 回復魔法は確実に発動している。ならどうして、彼女の傷はそのままなんだ?


「俺は賢者なのに……このために来たのに……ッ、アニカを助けられないのか……?」


 自分の呼吸が浅く速くなるのを感じつつも魔力を注ぎ続ける。

 それでも状況は変わらない。アニカの傷は治らない。


 こんな時のために賢者がいるんじゃないのか?

 ここでアニカを助けられないのなら、国が尽力して賢者を召喚した意味なんてないじゃないか。


 そもそも俺がこの世界に来た意味なんて、なかったんじゃ、ない、か──


「カズミ、さ、ん……ごめん、な、さい……元の世界に戻る方法、見付けるって約束、したのに……」

「やめろ……っ! 喋らないでくれ!」


 ──初めて見る弱々しいアニカの姿に、いつの日かの母さんの姿が重なった。


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