046 危険の迫る救援
ドンドン! ドンドンドン!
――ストレッチをしながら油断しきっていた俺の意識を、寄宿舎の扉を叩く音が一気に現実へ引き寄せた。
一体誰だろう。
俺達しか住人のいない寄宿舎に来る人は限られているし、その中でもノックをするのは副団長くらいのものだ。
しかし様子がおかしい。副団長はいつもこんなに荒々しく扉を叩いていただろうか。
ソファにかけていたローブを深く被る。
音に同調するように速まる鼓動を抑えて玄関を開くと、いつの日かアニカを調薬室からここまで運んでくれた騎士団員が血相を変えて立っていた。
なんだ、これは。
嫌な予感がする。
言い知れぬ不安が、胃を、胸を、思考を、一瞬で俺を支配する。
「えっと……イザベルさん、でしたよね。何かあったんですか?」
「賢者様! た、大変、大変だよ……! アニカっちがシュロットを追って城下町の外に行っちゃった!!」
「アニカが……!?」
焦る彼女から話を聞けばそれなりの状況が見えてくる。
一時間ほど前、城下町では数人の子供が行方不明になったと騒ぎが起き始めたらしい。
騎士団が調査を進めていると「不審な麻袋を持ったシュロットが町から離れていくところを見た」と証言する町民が複数現れ、救出のためすぐに本部へ伝達しようとしていた時のことだ。
ちょうど近くにいたアニカがその話を聞いた途端、誰が止めるのも聞かずに城門めがけて飛び出してしまったのだ。
アニカが走り出した理由は決まっている。子供達を助けるためだ。
考えるよりも先に身体が動いてしまったのだろう。アニカはそういう人だ。
演武場で彼女がどれだけ戦えるかはもう目の当たりにした。今日の俺の腕試しでも日々の成果を見せてくれた。
一人で飛び出してしまったことは心配だけど、あれだけ強ければシュロット相手でもひょいっとどうにかしてしまいそうな頼もしさがある。
怪我をしてしまったら俺が治そう。
そのための賢者だ。そのために俺がいる。
自分を見直す時間ができたおかげで、まだゆっくりだけどが治癒魔法も使えるようになったんだ。
俺もアニカを追いかけよう。
彼女が俺の心を支えてくれるように、俺も傍にいることで優しいあの子を支えられるかもしれないから──
「今、ラインハルト副団長が精鋭小隊を編成してるの。賢者様は危ないから連れていけないけど、このことはすぐに伝えてくれって言われて……」
「精鋭って……そんなに危険な状態なんですか……!?」
──けれどイザベルさんの顔色は依然として青く、震えながら続く言葉に俺は耳を疑った。
い、いや、待て。落ち着け。
子供が連れ去られている一大事だ。精鋭小隊を組むのも不思議じゃない。
だからきっと、きっと、現場ではアニカがなんとかしてくれる。
なぁ……そう、だよな?
「うん……アニカっちが向かった方向……東側を拠点にしてるシュロットがいるんだけど、アタシ達もしばらく警戒してたんだ。アイツらが使う爆弾の威力がヤバくて、まだ全体の勢力を把握しきれてなくってね」
「ば、爆弾……!? それってアニカなら……勇者の加護があればなんとかなりますよね!?」
声が震える。
血の気が引く。
狭窄する視野の中で何度も何度も瞬きを繰り返し、ふらつく身体を壁にもたれさせることでなんとか立ち続けた。
「いくら魔力があっても、身体強化の熟練度が高くても、魔力が込められた爆風や飛散物から完全に防御できるわけじゃないんだ……アニカっちは防御障壁をまだ使えないっぽいし、むしろ物理的な衝撃を緩衝できるアニカっちだからこそ、爆発にも突っ込んじゃいそうで危ないっていうか……」
それでも彼女から告げられる言葉はよりいっそう現実を突きつけてくるばかりで。
「…………俺も行く」
「ええっ!? そんなのダメだよ! ホントのホントに危ないんだってば!」
「危ないならなおさら行かせてください……! だって、勇者の加護は賢者が傍にいたら強まるんでしょう!?」
この世界に召喚された日、確かに副団長から聞いた話だ。
勇者の加護が強まることで魔力量が増す。ならば俺が駆けつけなくてどうする。
安全な場所でただアニカの帰りを待つ方が俺にはとても耐えられたもんじゃない。
キリキリと痛む胃から感情を吐き出し、痙攣する拳を握り込んでイザベルさんの返事を待った。
「そ、そうかな……そうかも!? じゃあ、一緒に副団長のところに行こ! 何分くらいで出られる?」
「今すぐにでも!」
俺達は本部までの道のりを駆け足で進む。
副団長がいるのは作戦室らしい。慌ただしく人が出てくる扉の向こうに飛び込めば、目的の人は険しい顔付きで地図を広げて話し合っている最中だった。
「副団長!」
「カズミくん!? どうして来ちゃったかなぁ……」
「俺を守ってくれるのは本当にありがたいです。でも、仲間が危険な目に遭っているのにここにいろってのはできません!」
「そっかぁ……うん、まぁ気持ちは解るけど……」
開口一番に伝えた願いは彼の頭をかなり悩ませてしまったと思う。
大人しく待つのが最善だと俺も頭では理解しているし、大怪我だって負うかもしれない。
だけど自分が怪我をするよりも、危険と対峙しているアニカを放っておく方がずっとずっと心が痛いから。
「止めても……」
「行きます」
「……はぁ、本気なんだね。言っておくけどシュロットがどんな魔導具を使ってくるかは完全に予測しきれないよ。君じゃまだ魔道具に対処できないと断言できる。それでも行きたいの?」
「はい、お願いします副団長……! 俺をアニカのところまで連れて行ってください……!!」
副団長はじっと俺の目を見つめた後、小さく息を吐いて言った。
「作戦変更。カーターは指揮を執りつつ賢者様の安全を最優先に。保全が確保でき次第突入、可能な限りシュロットは確保。いいね?」
「了解しました」
地図の対面にいる人には見覚えがある。
俺と同年代だと思われる冷静沈着な彼は確か、第四隊の副隊長だったはずだ。
話を聞く限り、今回の精鋭小隊の小隊長に抜擢されたらしい。
この歳で副隊長に就任しているくらいだ。かなり優秀なのだろう。
「……すみません。迷惑だってのは解ってるんですけど」
「いいですよ。賢者さんのことは俺が護りますんで」
第四副隊長は「勝手に動き回らないよう気を付けてください」と言葉を続け、喉が乾き切った俺は頷くことで了承の意を伝える。
そのまま慌ただしく外へ連れ出され、先行する五人が出立の準備を即座に完了させる。残る二十人ほども陣形を確認しているらしい。
間髪入れず俺も馬に乗せられて、あっという間に城下町の城門を飛び出していった。
頼む神様、女神様。
どうかアニカが無事でありますように。
俺は前に乗る第四副隊長の背に必死にしがみつきながら、ただただ祈ることしかできなかった。




