045 四種類の武器
調薬室には見慣れない木箱が運び込まれていた。
中には調薬に使う素材が入っている。きっと副団長が手配してくれたのだろう。
机の上に置きっぱなしだった素材と合わせて棚に仕舞い込み、改めて必要な素材を取り出して一欠片ずつ切り出した。
ここでアレクサンダーの発明品『睡眠薬調薬装置』の出番だ。小鍋と形容するにしても小さ過ぎる容器に素材を投入し、蓋をしてからいつもの調薬の要領で魔力を注ぎ込む。
これで時間が経つのを待てばいい。手順が簡単過ぎて正直ビックリしているところだ。
そういえばここにある調薬鍋も試作品だと言っていたし、そもそも魔導具自体があまり一般流通していないはずだよな。
調薬装置のこと、副団長に言っておいた方がいいのだろうか。
「……この調薬が成功したら報告するか」
まったく、とんでもない才能が眠っていたものだ。
「怪しい」が服を着て歩いているような男だが、半月ほど一緒に暮らしてきて解ったことがある。
好きなことに一直線なところも。
やると決めたことを貫き通すところも。
害意を持って人に言葉を向けないところも。
アレクサンダーの本質はアニカとどこか似ている。だから結局、あのハチャメチャさを俺も受け入れてしまうのだ。
それを思うと、頼りになるクララが加入してくれたのは俺達にとっては大きいぞ。
ダメなところはちゃんと諌めてくれそうだし、パーティが暴走しないように規律となってくれるだろう。
趣味と仕事を分けた上でどちらも本気で向き合ってきた人だ。彼女の生き様が既に俺の中で強固な信頼を築いていて。
「……あれ、よく考えたらクララも本質的には似てないか?」
考え方は三者三様だけれど、三人が結託してしまえばもう誰も止められなくなる。そんな気がする。
「……時間まで魔法薬書でも読んでおくか」
気付いてしまった事実をそっと微笑みでかき消し、わざとらしく行動を口にすることで俺は今日も思考を切り替えることに成功した。
ゆっくりとページをめくり、日本語で書かれた素材を読み進めていく。
棚にある物も多く記載されていた。自分の記憶に刻むよう手帳にメモを取り、どんな物が素材として使われているのかを覚えようと試みる。
「栗の実、シソの葉、蜂蜜に人参……」
馴染みのある食材から始まり。
「乾燥した木の根、トウヒの新芽、鶏卵の殻……」
口に含むには躊躇うような自然物に続き。
「塩漬けにした百合の花弁、濾した水銀、砕いて撹拌した蛍石と鉄……」
絶対に飲んではいけなさそうな物まで書かれていた。
こんな物を使ったらどんな魔法薬が調薬できるんだろう。禍々しい煙が立ち上る昔話の魔女の鍋が脳裏に浮かぶ。
魔法薬は飲む方針でいくつもりだったけど、これは材料を確認してからの方がよさそうだな。
今まで俺が作った二本の魔法薬のように素材の見る影もない液体になるとしても、クララが言った「体内への影響」について考えざるを得ない。
なんてことを考えながら魔法薬書とにらめっこを繰り返していると、遠くから重く響く鐘の音が室内にも届く。
正午の鐘──つまり約束の時間だ。
俺は慌てて荷物を鞄に詰め込み調薬室を飛び出して、鍛錬場までの道のりを小走りで駆けていく。
本部の道はどこも似通っていて一度迷えば抜け出せなくなりそうだ。
幸いにも鍛錬場への道は通い慣れている。到着すると丁度中から休憩に出る団員の姿があり、人の波が消えるのを待ってから中に入った。
俺を待ち受けていたアニカ達の手には複数の武器が握られている。
第三副隊長は柔和な笑みを浮かべて本日の腕試しの流れを教えてくれた。
「騎士団員が使用する主な武器は大まかに分けて槍、片手剣、両手剣、弓の四種類があります。カズミさんは戦ったご経験がないとのことですので、ひとつずつ扱ってみて適性を確認していきましょう」
頷いて、脱いだローブと鞄を隅に置く。
動きやすいように首元と袖も緩めて準備を整えていると、バァンと大きな音を立てて鍛錬場の扉が開かれた。
「面白そうなことをしているな。何故私を呼ばんのだ」
現れたのは第二隊長だ。軽い足取りで近付いてきたかと思えばあっという間にアニカと第三副隊長に話をつけ、指導教員が彼女に切り替わる。
「まずは構えから入るぞ。拳を握れ!」
「は、はい!」
俺なんかが口を挟む暇もなく腕試しが始まってしまった。
言われた通りに握った拳を顔の前で構えると、厳しさはあるも怒気のない声で強く制される。
「技術がない内は半身にしておけ。自身の拳で顔が潰れるぞ」
第二隊長はアニカを隣に並ばせて俺のお手本になるよう促した。
アニカは師匠の無茶振り慣れているのか、元気よく返事をしてビシッと構えを決める。
なるほど、半身とはこういう構えのことなのか。
とっさに俺はボクシングをイメージしたけれど、見た感じだと空手道っぽさがある。
前を向いていた上半身をお手本を見ながら横にすれば、縮こまっていた肩が開いて右の拳が胸の前まできた。
だけどどこに力を入れたらいいのかが解らなくて全身が歪に強ばっていく。
「親指を中に握らないことだ。骨が砕ける」
「は、はい」
「右の足先を斜め四十五度に開くといい。多少は軸が安定するぞ」
「はい……!」
耳と目で必死に学びを取り入れる。第三副隊長が黙って見ていると思うとまた緊張した。
ひとしきり身体を動かしたら槍を持たされ、またお手本を見ながら指導を受けて続ける。
「槍に振り回されているな。大振りばかりではすぐに体力を消耗してしまうぞ」
次は片手剣だ。木剣だがそれなりに重さがあり、子供の頃に丁度いいサイズの木の枝を拾った記憶が蘇ってくる。
「それでは手首を捻る。最初は肘を意識するといい」
次は両手剣を渡されるも、重心が前に傾いて構えるどころじゃない。
「引きずってしまうか……筋力トレーニングと魔力の身体強化が優先だな」
最後は弓だ。
俺が部活で使ったことがあるのは身の丈以上ある和弓だったけれど、用意されているのはいわゆる西洋弓と呼ばれるタイプだった。
手慣れなさはありつつも的前に立つつもりで弓を打ち起こして引き分ける。
「ほう、今までで一番筋がいいな。弓術をやっていたのか?」
「はい……ちょっとだけですけど」
「他の武器に比べて扱える自信がありそうか?」
「そうですね……四種類中だったら〝弓〟かなって感じはします」
第二隊長は少し思案に耽る。しかしすぐに第三副隊長と合流して言葉を交わしあった。
俺は待っている間にアニカへ声をかけ、もらったアドバイスを元に二人で身体を動かしてみる。
剣や槍捌きでは到底及ばないが、弓に関してはどうやら俺に一日の長があるらしい。
両手で弓と弦を限界まで押し広げようとするパワープレイヤーをやんわりと制して、戦うことの難しさを実感を伴って噛み締める。
弓道部で習った射法はきっちり型を繰り返す丁寧な動作が基本だ。的も固定されているし、人に当ててしまう心配もほとんどない。
次々と状況が変わる場面で俺は役に立てるのだろうか。
後ろ向きな感情が心を占拠しかけたところで、パンッと大きな手拍子が俺とアニカの意識を引き寄せた。
「カズミさんも手応えを感じているようですし、ひとまず弓を扱えるように鍛錬していきましょうか」
「筋力トレーニングと魔力の身体強化も並行して鍛えるぞ。基礎を怠っては上達の限界も浅く終わってしまうからな」
「はい! お願いします!」
その後は初歩的なトレーニング法を教えてもらい、息を切らしながらもなんとか最後までついていく。
きっちり昼休憩の時間を俺のために使ってくれた第二隊長と第三副隊長は仕事に戻り、アニカは鍛錬を切り上げて城下町へ選抜会の声掛けに出かけた。
俺は寄宿舎に帰り、ストレッチをしながら酷使した身体を休めていく。
この時の俺は「ばらくこんな日々が続くんだろうな」なんて平穏無事な未来を思い描いていた。
あんなことが起こるなんて、夢にも思わずに。




