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044 アニカの幼馴染み

「会いたかったよ、あーちゃん」


 団員の声が甘く背筋を撫で、愛にあふれる眼差しが桃色のまあるい瞳へ注がれる。

 キョトンとしていたアニカの表情が数秒後には一気に煌めいて、驚きと喜びがないまぜになったのか大袈裟なくらい飛び跳ねた。


「その声……ぐらちゃん!?」

「うん、そうだよ。久しぶり」

「わー! わーっ!! どうしてここに? いつから騎士団にいるの?」

「五年くらい前からかな。あーちゃんには実績を得てから伝えたかったから手紙では内緒にしてたの。ビックリした?」

「すっっっごくビックリしたっ! えへへ、団服のぐらちゃんもキリってしててさらにカッコよくなっちゃったね。とっても素敵だよっ」

「ふふ、あーちゃんは変わらないね。昔からずっと、可愛い」


 両手を繋いできゃっきゃとはしゃぐ姿は微笑ましいが、彼女は一体何者なのだろう。

 助けを求めて大人達を見遣れば苦笑しながら教えてくれた。


「彼女の名はグラオペル・フォン・フェアヴァルター。私と同じ第三隊に所属していまして、昨日ようやく大戦の後始末に区切りを付けて帰還したところです」

「そんでもってアニカちゃんの幼馴染みらしいよ」


 二人の言葉を皮切りに、アニカの幼馴染みだと紹介された団員がもう一度俺を見る。

 目付きはやっぱり冷ややかだ。綻んでいた表情もすんとなりを潜めていて、まるで静かにこちらを値踏みしているようだった。


「初めまして、薬師寺和巳です。賢者として召喚されたばかりでまだ知らないことばかりなんですけど……よろしくお願いします」

「…………どうも」


 取り付く島もないとはこういう感じだろうか。

 視線は感じるも俺とは目が合うこともなく、絶妙に居心地の悪い空気が周囲を侵食していく。


 助けて、アニカ。

 

 せめて仲良しを仲介することで会話を試みようとするも、俺より先に幼馴染みの団員が眉根を寄せてアニカの肩を掴んでいた。


「あーちゃん、この人と同じ寄宿舎で暮らしてるって聞いたよ。大丈夫? 何かされてない? 少しでも嫌なことがあったら私に言ってね」

「大丈夫だよっ。カズミさんもアレクさんもクララさんもみんな優しくて、毎日がとっても楽しいんだ~!」

「そっか、あーちゃんが笑ってられるならよかった。でも、何かあったらちゃんと私に教えてね?」

「心配性なところは変わらないね! えへへ、今度ぐらちゃんにもちゃんと紹介するよっ」


 満面の笑みで戻ってきたアニカから幼馴染みの話を教えてもらう。

 彼女とは子供の頃に同じ村で育ったこと。

 Bランクの魔力を評価されて貴族に引き取られてからは手紙でやり取りをしていたこと。

 そして、「男の人が苦手」で信頼した人以外とはあまり話さないということ。


 冷たい対応に納得する反面で、視界の端で言葉を交わす二人の姿に意識が引っ張られるのを感じる。


「副隊長、私の知らない人が増えてるんですけどどういうことですか?」

「つい最近のことですから」

「あーちゃんのことで何かあったら私に教えてくれるって約束でしたよね?」

「君が任務を放棄してアニカさんに会いに行かないよう、報告まで完了した時点で伝えるつもりでしたよ」

「でも……」

「早々に伝えて残り数日の任務に集中できたと断言できますか?」


 第三副隊長の丁寧な物言いに、幼馴染みの団員は不機嫌な様子を醸し出しつつも閉口した。

 一方で話を聞いていた俺は開いた口が塞がらなかった。


 この人……アニカのことが好きすぎじゃないか?

 いくら幼馴染みとはいえ……相手が大事な友達で国の一進一退を担う勇者だとしても、状況まで全部把握しようとする姿に若干の恐怖が芽生える。


 いや、若干どころか普通に怖いな。これだけの愛情を注いでいるのにアニカに届いていないところも怖い。

 アニカのまっすぐさは重過ぎる想いも受け止めてしまうのだろうか。


「そうだあーちゃん。今は身体強化を中心に鍛錬してるんだよね。あーちゃんさえよければ、魔力の放出訓練は私が教えてあげようか?」

「いいのっ?」

「もちろんだよ。他でもない私があーちゃんに教えたいんだ」


 うん、重い。想いが強すぎる。

 花が綻ぶような笑みもアニカにだけ向けられていることに気付いてしまった。

 これでアニカが嫌がっていたらやんわりガードに入る手も考えけていたけれど――


「カズミさんも一緒にどうですか?」

「俺も? いいのか?」

「ぐらちゃんの教え方ってすーっごく解りやすいんですよっ。それにあたしの知らないこともたっくさん知ってて、いつも最後まで諦めずに教えてくれるんです。ねっ、ぐらちゃん!」

「…………あーちゃんがそう言うなら」


 ――アニカが純粋過ぎてちょっとこの人のことを応援したくなってきたな。

 独り占めしたくなるほど大切な人がいるってどんな感覚なんだろう。それほど一人の人間を想えるのは羨ましくもある。

 小熊星と空閑愛呼(推し)のような〝親友〟という無二の存在にも憧憬があった。


 辞退するのも考えたが、Bランクの人から直々に教えてもらえるなんて願ってもいない機会だ。

 賢者としてこの世界で生きていくためにも俺も引くわけにはいかない。

 第三副隊長のサポートもあって彼女も渋々ながらスケジュールの確保を約束してくれた。


「あーちゃんの顔が見れてよかった。これでもう少し頑張れるよ」

「騎士団のお仕事、忙しいの?」

「遠征の報告回りが残ってるだけ。建国祭当日には戻ってこれるから二人でお祭り屋台に行きましょう」

「うん! 楽しみにしてるねっ!」


 幼馴染みの団員はアニカと指切りをしてひとまず満足したのか、上司二人に頭を下げてから歩き出す。

 俺のことは眼中になさそうだ。まぁ実害もないし、教えを乞う身として彼女の機嫌を損ねるつもりもない。


 黙って見送ろうと視線を向けると──くるっと振り返ったその人と初めて真正面から目が合った。


「あーちゃんと一緒に暮らしてるからっていい気にならないでください。私、まだあなたのこと認めてませんから」


 それだけ言って、今度こそ廊下の奥へと姿を消していく。

 俺は自分に向けられた言葉の意味を飲み下すために必死に頭を動かしながら、第三副隊長、副団長、アニカの顔を順番に見た。


「……俺、何かしました?」

「彼女の男性不信は筋金入りですからね。君が気に病む必要はありません」

「ま、カズミくんなら話していけば大丈夫だと思うよ。グラオペルが嫌うタイプじゃないのは確かだしね」

「安心してくださいっ。カズミさんのいいところ、ぐらちゃんにいっぱいお話ししますから!」


 副団長の中で俺がどういうタイプに分類されているのかが気になるところだけど、とりあえず今は第三副隊長の言う通り気にしないようにしよう。

 アニカの提案は逆効果な気もするが……これはその時になったらまたなんとかすればいいか。




 話を冒頭に戻し、簡単な治癒魔法を使えるようになったことを報告する。

 不思議なことに、褒め上手な大人達から前向きな言葉をもらえると気力が少し回復する。

 やっぱり人に向ける気持ちはネガティブじゃなくてポジティブな方がいいな。


「本格的に鍛錬をする前にカズミさんがどの程度動けるのかを確認しておきましょう。昼休憩の間であれば鍛錬場も空きます。早速今日ご都合はつきますか?」

「は、はい。お願いします……!」

「それではまた、正午の鐘が鳴る頃に」


 トントン拍子に話が進んで副団長と第三副隊長は仕事へ向かい、アニカは一足先へ鍛錬場へ走っていく。

 俺は人気の少ない廊下をひとり進み、約束の時間まで調薬室に篭もることを決めた。


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