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041 夢見心地の現実

「貴方は……貴方様は……」

「あの、どうかしました――」

「ああっ、女神様……っ! 貴方は女神様の現世での依り代……そうですね! このヌル、ずっとお会いしとうございました……っ!」

「――!?」


 シスターは頬を上気させ、両手を組んだままぐっと俺に顔を寄せた。抑えきれない興奮を隠す素振りすら見せずに賛美と熱い想いを口にする。


「本日はどのようなご用向きで……はっ! もしや、私の想いが通じたのでしょうかっ!?」

「い、いや、違……」

「ああ、ああ……っ! ヌルは幸せ者にございます……っ! ささ、どうぞ奥へ。信者の方からいただいた品々がございますので、精一杯もてなさせていただきます……っ!」


 そのまま俺の手をガッと掴んで大聖堂の奥へと招いた。

 招くというにはいささか強すぎる力で引かれ、俺は及び腰になりながら逃げようとするも同い年くらいの女の子相手にビクともしない。


 ずるずる、ずるずると引きずられていく。まずい、非常によろしくない。

 第三隊長と同じくらい……いや、それ以上の熱意が触れた手のひらから流れ込んできて恐怖が困惑を上回る。

 軽く小さくなった身体で懸命に抗いながら必死に思考を巡らせ、扉が開く直前になって精一杯の声を張った。


「め、女神より! あなたに授ける言葉があります!!」

「!!」


 声が裏返ってしまったけれど、イチかバチかの文言は彼女に響いたようだ。

 シスターは首まで覆っていた修道頭巾を取り去り、恍惚とした表情で再び両手の指を組んで俺の足元に跪いてこちらを見上げて。


 拘束から解放された。

 安堵で緩みそうになった気を引き締め直し、頑張って〝神〟っぽい厳かな雰囲気を声に込める。


「いいですか。そのまま一分、祈りなさい。私もあなたのために祈りましょう……」

「はい……はいっ! 貴方様のお言葉のままに……っ!」


 よし、これで一分は足止めできるだろう。そうであってくれ。

 俺はすかさずフードを被り直して爪が食い込むほど強く祈り、男の姿に戻った直後に脱兎の如く大聖堂から逃げ出した。




 外に出てまず木の裏に隠れる。その数秒後、大聖堂の重い扉が勢いよく開いてシスターが飛び出してきた。


「女神様……! どちらへ向かわれたのですか……っ! 貴方様のヌルはここにおります……っ!」


 息を殺し、正面通りをまっすぐに駆け抜けていくシスターから身を潜めて、修道頭巾から露わになったくせっ毛が見えなくなるのをじっと待つ。

 いなくなったのを確認してようやく呼吸を思い出した。俺はその場にしゃがみ込んで大きく息を吐く。


 女の子の姿だったとはいえ全く歯が立たなかった。あの力は男の今でも振りほどける自信がない。

 ぶり返してきた恐怖心に冷汗が流れ、早鐘を打つ心臓を落ち着かせようと胸を撫でる。

 自己強化の必要性が実感を伴ってきたな。魔法薬以外での魔力の使い方も早急に教えてもらわないと――


「ッ!?」


 ――何度目かの決意を抱いた俺の頭を何か(・・)がガッと掴んだ。

 思わず身体が硬直する。それ(・・)が人の手だと気付いても振り替えられずにいると、ゆっくりとフードを下ろされて。


「…………」

「…………」


 反動で頭を傾ければ、至近距離から瞳孔の開かれた双眸がじっと向けられる。

 さっきのシスターだ。いつの間に戻って来たんだろう。

 声を上げることも目を逸らすこともできず見つめ合えば、彼女の纏う強すぎる気配が突然すっと落ち着きを見せた。


「おかしいですね……この辺りから女神様の気配を感じたのですが」


 妙に冷静なところが逆に怖さを増長させている。せっかく静まりつつあった俺の心臓はまた大きく暴れまわった。


「大変失礼いたしました。今しがた、こちらの方に貴方と似たローブを着た女性が通りませんでしたか?」


 懸命に首を振ると、狂気さえ感じたシスターの振る舞いは完全になりを潜める。そのギャップが異常性を膨らませるようで俺は何も言えなかった。

 ぶつぶつと呟きながらも大聖堂に戻っていくシスターを見送り、沈み始めた太陽を意味もなく呆然と見つめて。

 朝から続く情報の嵐を、頭を空っぽにすることでどうにか耐え抜く。


 ……さて、と。


「もう帰るか……」


 鍛錬の第一歩として小走りに道を進み、俺は厄介事から逃れたい一心でどこにも寄らず帰路についた。




###




 結構な距離を走ったおかげで全身が重い。

 すっかり疲れ切って寄宿舎の扉を開けると、今度はアレクサンダーがわっと距離を寄せて喋りかけてきた。


 今日はみんな圧が凄いな。

 抗う気力すら残っておらずただただ話を聞けば、どうやらパーティメンバーの選抜会が健国祭前日に行われることが決まったらしい。

 明日から国中に情報が流布されるようで、当日は俺達四人が選考する立場として参加するとのことだ。


 選考会は五日後。参加者を一堂に会してアニカが対話していく流れまで決定している。


「アニカクンには〝勇者〟として参加者を見定めてもらうのだよ」

「俺達もアニカと一緒にいればいいのか?」

「いいや、小生達は別行動だ」


 含みのある言い方に引っかかりつつも、アレクサンダーに続きを話す気はなさそうだ。

 また後でアニカやクララに聞いてみよう。俺達が話していればこの男の口も回るかもしれないしな。


 談話室は美味しそうな匂いで満ちている。夕飯は既にクララが作ってしまったのだろう。

 せめて配膳を手伝おうと厨房に向かう俺に、アレクサンダーはまるで夕食のメニューを話すくらいの気軽さで脈絡なく話を続けた。


「カズミクン。あまり助言めいた言葉は好みではないのだが、君は一刻も早く、ここで何を成して生きたいのか己の道の指針を見定めるべきだ」

「え? いや、俺は賢者としてアニカのサポートをして生きてくつもりだけど」

「ふむ……それは本当に君の意志なのか? 君を包む魔力の揺らぎを見るに、小生にはただ流れに身を任せているように思えるのだがね」


 俺が言葉の意味を噛み砕く前に、この男は言いたいことだけを言ってさっさと二階へ上がって行ってしまった。


 額面通りに受け取るならば今のは「助言」なのだろう。

 一体彼がどういう思いを持ってああ言ったのかを想像しようとするも、今の言葉が俺の頭を塗り潰す。


 クララと共に配膳している間も。

 鍛錬を終えたアニカが夕食の時間に今日の話をしてくれている間も。

 アレクサンダーが何食わぬ顔で食後のお茶を楽しむ間も。


 ずっとずっと、あの言葉が頭の中に在る。その存在感から思考を逸らせない。


 俺は自分で〝賢者〟であることを受け入れ、自分の意志で〝魔法薬師〟として生きようと決めたはず。

 アニカのために頑張ろうとも決意したはずだ。


 だけど、そうじゃないのか?

 俺は考えてるふりをして、核心を考えないで済むように流されていただけなのか?


 自分の意志で決めたはず(・・)だと考える一方で、「流されている」という考えが否定できない。

 そんなわけがないと即答できなかった。なんて仄暗い思いがずっと胸の中で渦巻いているようで。


 自問自答しながらも夜は更けていく。

 気持ちを切り替えるべく夜風に当たってみたけど何も変わらなかった。


 試しに木の幹に拳を何度か打ち付けてみる。

 痛みは感じた。血も滲んだ。

 それでも思考はどこか置いてけぼりを食らっているようで。


 異世界での生活をまだ夢見心地に思っていたのかもしれない。


 これは現実だ。現実なんだ。

 誰に責任を転嫁できるものでもない、俺の現実(じんせい)


 鉛を落とされたように胃が重い。

 キリキリと上がる危険信号に対処しようにも上手く頭が働かない。


 なんとか部屋には戻ったものの薬を飲むことさえ忘れた俺は、放心したまま一睡もできずにベッドの上に座って一夜を明かした。




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