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040 好意の壁

 困惑する俺と、俺から飛び退いた第三隊長の間に微妙な空気が流れていく。

 振り向いてもらうために伸ばした手は意味もなく宙に彷徨い、もう一度声をかけるのに少し時間がかかってしまった。


「ええと……何か、困ってるのかなと、思ったんですけど」

「……仕事だ。これ、書類、届けるだけ、だってのに……」


 明後日の方向を向いて吐き出された言葉には勢いがなく、路地に隠れていたことを加味しても第三隊長のイメージとはかけ離れている。

 仕事で城下町にいるのは解ったけれど、どうして隠れるようにしゃがみ込んでいたんだろう。


 不思議に思って聞いてみると、とうとう唸り声すら止んで黙り込んでしまった。

 根気強く反応を待つことしばらく、呻くように第三隊長は言葉を絞り出す。


「女ばっかで近付けねェ……!」

「もしかして……女の人が苦手、だったり……?」

「オレに苦手なモンなんてねェ! 人間の女だけだ!」


 それを「苦手」と言うのでは?

 小さく呟いた突っ込みは第三隊長の耳には届いていないようで、尻尾をバシバシと壁に打ち付けながら文句を垂れる。


「クッ、ハネスの野郎……女ばっかだって解っててオレにやらせやがったな……! 建国祭とかオレに関係ねェだろうが……!」


 いくら団服を着ているとはいえ、ずっと路地で唸り続ける姿があれば不審者がいると町の人達が不安に思うかもしれない。

 城下町の警護担当は第二隊だったはずだ。遠征が主な第三隊はそもそも民に顔を知られているのだろうか。


 この間大通りの見回りをしていたのも今ここにいるのも、建国祭のために駆り出されたのだと考えればいろいろと察せられるものがある。

 そう思うとちょっとした同情心が湧いてきた。


「それ、届けるだけでいいんですか? だったら俺――わ、私、代わりにやりますよ」

「……いいのか?」

「はい。誰に渡せば?」

「……あそこの、噴水の真ん前にある花屋のジジイ」

「あー……確かに女の人たくさんいますね」

「あと、ここにサイン……」

「解りました。行ってきます」


 俺は目を丸くしながら言葉を返す第三隊長から書類を受け取って花屋へ向かった。

 建国祭のためか代わる代わる店を出入りする女性の間を縫って奥にいる老人に書類を手渡し、言われた通りサインをもらって路地へと戻る。


「これでいいですか?」

「あ、ああ……」

「じゃあ、お……私、行きますね」


 サイン入りの書類を第三隊長に返却して任務完了だ。確認してもらったが不備はないようで、我ながらいいことをしたなと自画自賛しながら歩き出す。


「お、おい! アンタ、ちょっと待ってくれ!」

「?」

「そのローブ、もしかして――」


 まずい、俺が賢者だって気付かれたか……!?

 こんなところでまた喧嘩を吹っ掛けられでもしたら困るぞ。

 俺はフードの縁を握り締めて町中に視線を巡らせ、一刻も早く第三隊長から距離を取るべく足裏に力を込めた。


「――あの賢者の()だな!?」

「…………はい?」


 想定外の言葉に思わず脱力してしまう。離れるつもりが立ち止まった隙に距離を詰められてしまった。


「アンタのおかげでスゲェ助かった! 礼を言わせてくれ!」

「ど、どうも……」

「この恩は何で返せばいい? なんでも言ってくれよ!」


 厳つい目付きもなりを潜め、少年のような輝かしい眼差しがまっすぐ俺に向けられる。

 尻尾をぶんぶんと強く振って好意的に話しかけられ、今までとまた違った態度に困惑を通り越して若干引いていた。


 なんだ、なんなんだ。

 勝手に勘違いしてくれたのは助かるけど、ここで俺はなんて返すのが正解なんだ……?


「わ、私のことはいいので……第三隊長はこの国の人達を助けてくれれば、それで」

「!! オレのこと知ッてんのか!?」

「あ、あー! その! 勇者に教えてもらって!」


 俺のバカ!

 こんなんだから女の子の姿でも第四隊長にあっさり賢者(おれ)だって見破られるんだ!


 落ち着け。焦れば焦るほど俺のボロが出るだけだ。

 いいように考えよう。今の状況は警戒されるよりもよっぽど逃げやすい。


「不思議だ……他の人間の女相手だとあんま喋れねェけど、アンタは違う……」


 まぁ俺男だしな。

 頭の片隅が冷静になる一方で、よろしくない方向に進んでいる気配に冷汗が流れた。


 ……よし、逃げよう。今しかない。


 俺は足音を消してゆっくりと後退し、そわそわと浮足立つ第三隊長が再び口を開く前に逃げる。


 とにかく走った。表通りをどんどん進み、誰も追ってきていないことを確認して一息吐く。

 溜めに溜めた疲労の息だ。緊張に強張っていた全身から力が抜けていく。


 ほとぼりが冷めるまでは噴水広場の近くに寄らない方がよさそうだな。

 日中とはいえあんまり裏路地は通りたくないし、日が暮れるまでは近くを散策するとしよう。


 この辺りは完全に住居地帯なのか立ち寄れそうな店はなさそうだ。

 ここまで来るのは初めてだし、せっかくなら何処か見て回りたいんだけど……どうしようかな。


「……そういえばあっちの方に大聖堂があるんだっけ」


 見渡してみると、密集している住居の奥に大きく背の高い建物が見えた。

 地図の大まかな位置を思い出して頭の中で照らし合わせてみたが間違いないと思う。

 アニカやクララも含め、民が熱心に女神を信仰している国だ。賢者として一度は見ておくべき場所だろう。


 曲がりくねった道を道なりに進めば大聖堂の全貌がすぐに見えてきた。広く続く白い壁が庶民的な町中と一線を画している。

 城下町の中にあるのに、この大聖堂には大戦を感じさせない荘厳さがあった。


 扉の前まで来たけれど、勝手に入ってもいいものか。

 迷っているとひとりでに扉が開いて中から人が出てきた。どうやら出入りに制限はされていないようだ。

 町民らしき集団と入れ替わりになって大聖堂へ足を踏み入れると――


「うわ……!」


 ――ひんやりとした室内に、天井のステンドグラスから降り注ぐ日の光が繊細に輝いていて。

 王城ともまた違った雰囲気に吞まれながら礼拝席の間を進むと、祭壇の上に見上げるほどに大きな石像が鎮座していた。


 大聖堂にある女性の像。間違いなく女神像だろう。

 みんなが信仰している女神はこんな姿をしていたのか。

 髪型といい表情といい、なんだか小熊星(おし)と少し似ている気がするな。


 静謐な時間を享受しているとどこからか扉の開く音が聞こえる。

 重厚な正面扉とは異なり軽い開閉音に目を遣ると、黒い人影がちょうどこちらに近付いてくるのが見えた。


「ようこそお越しくださいました、信者の方」


 修道服を着た女性だ。そばかすが印象的なその人は優しい声音で俺に用件を問う。

 とっさに「この像を見に」と返せば、シスターは人当たりのいい笑みを湛えて頷きながら隣に立った。


「ええ、ええ。解ります。女神様のお姿は何度拝見してもいいものですから。そうかしこまらず、心の思うままに手をお合わせ下さい」

「あ、いや、俺は見てるだけで……」

「女神様はいつだって求める声に手を貸してくださいます。大火に見舞われた我が国を救ってくださったように、思いが強ければ強いほど良いのですよ……さあ、ご一緒に」

「そう、ですね……」


 指を組んで祈りを捧げるシスターに倣って、俺もフードを外して同じポーズを取る。

 ここなら人の視線もないから外しても平気そうだ。


 さて、何を祈ろう。

 アニカの努力が実を結びますように、とか。

 アレクサンダーが怪しさのあまり騎士団に連行されませんように、とか。

 クララにとって自由に舞える居場所が増えますように、とか。

 ……母さんが元気に生きていてくれますように、とか。


 目を閉じて浮かぶのは仲間のことと、故郷にひとり残っている母さんのこと。いくら考えても俺が直接なんとかできないのがもどかしい。

 うーん、女神に祈るって難しいな。俺にはあんまり向いていないのかも。

 祈って叶うのならともかく、自分を納得させたいのなら自問自答で充分だ。


 思考の海から現実に戻ると、どこからか荒い息遣いが聞こえてくる。

 礼拝にきた町民はみんな帰ったものだと勝手に思っていたが、俺達以外に誰か残っていたのだろうか。


 疑問に思って考えるのを止めて目を開ければ――隣で粛々としていたはずのシスターが瞳孔をかっぴらいて俺をガン見していた。


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