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004 魔法薬師への道

「やっほーアニカちゃん。やーっと見付けたよ」

「わあ! どうしてここに!?」


 にこやかに顔を見合わせた勇者と男は既知の仲のようだ。俺は隠れる場所もないのに気配を消すように息をひそめた。


「どうしてって、この後の手はずは昨日説明したでしょうが。地下まで迎えを出したのにもういない~なんて言われて驚いてたよ、うちの子」

「……あっ、そうでした! すみませんっ、賢者さんを早く案内したくてまるっと忘れちゃってました」


 二人は改めて「こんにちは」「はいこんにちは」と親し気に挨拶を交わす。

 男は制服のようなものを着ていた。そういえば、あの部屋でも似たような服を着ていた人が何人かいたような……。


 じっと見つめていた俺に気付いたのか、男は背筋をすっと伸ばして右手を胸に当てた。


「これは賢者殿、申し遅れました。私はリヒト王国騎士団に所属しております、ラインハルト・フォン・ベルンシュタインです。どうぞお見知りおきを」


 うやうやしく頭を下げる姿に圧倒されつつ、俺も男に倣って名前を口にする。ニコッと笑う姿からは陽の気配を感じる……勇者と同じ部類か?


「賢者さんっ、この方はなんと! 副団長さんなんですよ!」


 副団長……? この人が?

 見たところ二十代半ばくらいに見えるけど……若さと役職のギャップで驚くのは失礼か。

 驚嘆の息を人知れず飲み込む俺の前で、じゃじゃーんと手を振る勇者に合わせてキラーンとポーズを決める副団長……うん、きっとノリがいいんだろう。


「それで……迎えってのはなんですか? もしかして勇者と予定があったとか」

「おっ、君はテンポがいいね~。おれは賢者様用の部屋を案内することになってたから、ずっと待ち合わせ場所(へや)で待ってたってわけ」


 かしこまった態度は挨拶だけに終わり、副団長の態度は勇者に向けるものと同じになった。いや、いいんだけど。ころっと変わられると俺が驚くってだけで。


「それなのに君達は勝手にどこかに行っちゃうし、なんでか別の部屋を用意することになったとか聞かされたし。もー、一瞬でてんわやんわだよ」

「それは……すいません」

「ま、面白そうだからいいんだけどね。それで、今は案内の途中なんだっけ? カズミくん、どこまで案内してもらった?」


 急に名前で呼ばれた。距離の詰め方がえぐいな。


「あ、賢者様(・・・)の方がよかった? おれとしてはそっちで呼んでもいいけど、どうする?」

「……今のままでいいです」


 現状、王城までの道と鍛錬場を案内されたと返せば、副団長は「そうだと思った」と笑う。基本ずっとにこやかだ。


「他にも気になるとこ、いろいろあるでしょ。二人さえよければここからはおれが案内しようか?」

「いいんですか? 助かりますっ副団長さん!」

「カズミくんもそれでいい?」

「はい……お願いします」


 なるほど、副団長はそのために俺達を探しに来てくれたのか。気さくな人な上にいい人だな。勇者が懐いているみたいだしついていってもよさそうだ。


「その前に一息つかない? ここじゃなんだし、おれの部屋まで行こっか」


 副団長の部屋? それって――


「副団長室は入れても寛げる人はあんまいないからレアだぞ~」

「副団長さん、紅茶はありますか?」

「ふっふー、今日は紅茶と合わせてクッキーもあるとも。思う存分食べな」

「やったー!」

「それじゃあお二人さん。つかず離れず、おれについてきてくださ~い」

「はーいっ」


 ――二人きりの行進が始まり、俺はまた圧倒されながらも黙って後を追いかけた。




###




 副団長室に案内され、副団長のラインハルトとゆっくり腰を据えて話をした。

 といっても、最近流通し始めたらしいとっておきの茶葉を披露して淹れてくれたり、机の上に積まれた資料の一部をパラパラとめくって差しだしてきたりと、副団長は動き回っていたけれど。

 まぁ、話す分には全く問題がなかった。質問をすればそれなりの答えが返ってくるからむしろ聞き上手なくらいだ。

 そして一通りやることがなくなったのか、向かいのソファに座って言った。


「この世界について多少の理解が深まったところで、ここからは〝勇者と賢者〟の因果について説明しようか」


 すっかり冷めた紅茶を一気にあおり、満足げに頷く。テーブルの上に広げられたクッキーの上を左手がさまよい、チョコ味のそれをつまんでザクザクと咀嚼した。


「まず〝勇者〟ってのは女神からの唯一の加護を授かった祝福者のことを言うんだけど、それは聞いたんだっけ?」

「ふんわりとは」

「オッケー。なら、とりあえずおれが知ってることを話してくよ」


 副団長の話は最初に要点を挙げてくれたおかげで解りやすかった。

 女神の加護はいくつか種類があるらしい。歴史上、明確に記録されている祝福者は国が優先的に保護し、役割を与えている。

 だが、記録外に特出した力を持っているように見える者もいるため、何かに特化した人を祝福者と呼ぶ民も少なくない。


 そんな中でも『勇者の加護』は他に代わるモノがなく、一世代に一人しかいない。

 一方で賢者は〝勇者と最も相性のいい人間〟であると同時に〝勇者を助ける存在〟でもある。なんでも賢者が傍にいることで『勇者の加護』が強まり、勇者の魔力量が爆増するようだ。


 勇者に選ばれた時点で五賢星に匹敵するほど魔力が増えるって話だから、賢者のサポートがあれば国でもトップを張れるくらいになるってことか?


 いや、その辺りはまだちゃんと理解できてないんだけど。少なくとも、賢者を召喚する儀式には核となる勇者と、高い熟練度と魔力を持つ五人の柱が必要になるくらい大きな出力が必要なんだとか。

 それをこれから補っていけるのであれば、確かになるほど、異世界から人間を召喚しようとする気持ちは解らなくもない。


 だがそうなると、気になることがある。

 俺の前に召喚された賢者は先々代だと言っていたが、ならばどうして先代の賢者は召喚されなかったのだろう。


「……賢者が召喚できない時とか、あるんですか? 相性がいいって条件なら合致する人間がいないってことはなさそうですけど」


 賢者の条件ではなく国側の条件が揃わなかった可能性もあるな。

 例えば、今日いた五賢星のように柱になれる人がいなかったとか……。


 いくつか推測を挙げていくと副団長の笑みが少しだけ曇る。一瞬だけ勇者の方を見て、真面目な顔で口を開いた。


「ルカは――ああ、先代の勇者ね。あいつは……賢者の召喚を拒否したんだ」

「拒否……? そんなのできるんですか……?」

「勿論。さっきも言ったけど、賢者の召喚には軸となる勇者の協力が必要不可欠だからね。あいつが魔法陣に近寄らなければ異世界との(えにし)も繋がらないってわけ」


 ティーポットを掴んで二杯目の紅茶を注ぎ、湯気の出ていないティーカップに息を吹きかける。


「あいつは言ってたよ。『異世界の人間だろうと、人の人生を自分達の都合に巻き込むわけにはいかない』ってさ」


 また紅茶を一気にあおって、今度はクッキーを取らずに両の手を組んだ。


「ここだけの話、上はいい顔しなくてね。何度もルカに召喚するよう言い聞かせてたけどあいつは首を縦に振らなかった。ははっ、ワガママだろ? だけどその分、賢者としての役目も自分一人で受け止めて前向きに進むヤツだったよ」


 過去を懐かしむように目元を緩めた副団長は、再びニッと笑みを浮かべた。


「ここまでの話で気になることはある?」


 言葉に詰まる俺を気遣ってか、明るい声音で思考を促してくれる。それだけで、わずかに抱いていた不信感も薄れていった。

 副団長という役職についているだけあって信頼してもいいのかもしれない。彼の声には安心感がある。

 自分の直感を、信じてみよう。


「賢者の役目って、勇者のサポート以外に決まったことがあるんですか?」

「これって言うのはないけど、大体やることは似通ってたかな」


 国に保管されている記録には、賢者は魔力を用いて仲間を治癒するなどの記述が多く残っているらしい。賢者には勇者と同じくらいの魔力量が確認されているため、その特性を活かそうと奮闘する人が主だと聞く。

 だが一方で、他人の治癒を習得するには魔力量が多くとも容易ではなく、時間もかかってしまうもの。そのため、大半の賢者は習得するまでは魔法薬を作る道を選ぶ。


 その言葉を聞いて、俺の心はまた躍った。


「魔法薬? それって……一瞬で怪我が治ったり、他人の心が読めたり……人のいいところがぶわっと見えるような幸せな薬を作れたりできる、ってことか……?」

「んー、近い物は作れるんじゃないかな。おれも実際に賢者と会うのは初めてだし、どこまで本当かは解らないけど」

「なるほど……」

「お、魔法薬作りに興味があるみたいだね。流通してる魔法薬はそんなにないけど集めてみるよ。それじゃあ当面の間はその方向で頑張ってみる?」


 魔法薬といっても、傷薬や鎮痛剤のようなものが大半らしい。それでも今まで話を聞いてきた中では一番気になる分野だ。


 薬に詳しいわけでもないが、作りたい薬はいくつかあった。

 夢の薬(・・・)は勿論だが、まずは早急に()()()()()()()()()()()がある。


 ボディバックに入っているはずの常飲薬を思い浮かべながらこれらを再現できるかと頭を悩ませる。いや、魔法があるんだ。解析魔法みたいなもので材料が特定できるかも。

 今はただ、できることを信じてやってみよう。




 よし、この世界でやりたいことが少しずつ見えてきた。

 目標があれば多少は気も紛れるだろう。俺を必要としてくれる人のためにも頑張ってみよう。


 まずは隣にいる彼女のサポートからだ。戦う、なんて正直実感はないけれど……勇者の怪我が治せるようになれば、俺としても安心できる。

 一緒に頑張ろうなと声をかけようとして――俺はようやく気が付いた。


 紅茶とクッキーに目を輝かせていたはずの勇者が、途中から黙り込んでしまっていたことに。


 不思議に思って視線を向ければ、そこには青い顔をした勇者が小さく震えていた。


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