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039 粗目雪舞う三ヵ月

 女性のまま執事として立ち振る舞うクララを前に、仕えるべき主人は「女に執事が務まるものか」と嘲笑う。

 現当主(ちちおや)からの紹介の手前受け入れられたものの、「奉公は三ヵ月」と区切りを付けられた。


 降り積もる雪が悪意に満ちた喧騒を呑み込むその日、彼女の執事としての人生が幕を開ける。


 酷い暴言も浴びせられた。それでも彼女の鉄仮面は崩れない。

 ヴォネモーント家の人間ならできて当然だと無理難題を強いられた。それでも求められる以上の結果を出してみせる。

 時には掃除を、時には料理を、時には交渉を、時には使用人の統括を。疎んでいた同僚さえも次第にクララを頼りにしてしまう。


 たった三ヵ月で屋敷中の奉公人を上回る働きを披露した執事(・・)の名は、瞬く間に社交界で広がっていった。

 有能さと物珍しさから女性の執事に接触を図る貴族が日々増えていく。しかし屋敷に届いた手紙は彼女のもとへ届けられる前に廃棄されていた。


『少しは使えるようだな。もうしばらく使ってやってもいいだろう』


 奉公の期限が訪れた。屋敷を去ろうとするクララに対して三ヵ月仕えた主人が尊大な態度で言い振る舞う。

 重い圧をかけられた当人は――ひれ伏すことなくお手本のように頭を下げた。


『次の奉公先が決まりましたのでこれにて失礼します』


 雪解けた道を歩むクララに迷いはない。柔らかな日差しも、肌を撫でる心地のいい風も、彼女の未来へ祝音を奏でる。

 クララはそれ以降、期限を設けた雇われ執事として仕えることに精を出した。

 引く手あまたな奉仕先を見極めるべく真夜中のダンスイベントを始め、権利者、もしくは参加者から次の主人を決める。


 そうすることで技術や人脈を広げて己の力としてきたのだ。

 クララが物怖じをしないのもそういった経験あってこそなのだろう。自分の行く末を自分で開拓していく姿に尊敬の念が尽きない。


「……ん? どうしてそこからダンスイベントになったんだ?」

「ポールダンスを始めたのは十五の頃ね。こっそり隅から見ていた私の心を虜にしたポールダンサーがいたの」


 ダンサーの一挙手一投足、指先から足の角度まで「観客からの見え方」を考えたパフォーマンスに憧れた少女クララはすぐにレッスンに移る。

 細部まで思い出せる〝瞬間記憶能力〟もあってか手本には困らない。あのダンサーのように誰かの顔が自然と綻ばせるには実地が必要だ。

 なんて考えたクララが素性を隠して舞台に立つ日はそう遠くはなかった。


 ……あれ、待てよ。ダンサーが踊っていたのはステージの上だと仮定しても、隅から見ていて「手本」と言い切れるほどクララには詳細に見えていたのか?

 だとしたら――


「もしかして、耳の形で俺が解ったって言ったのも本当だったのか……!?」

「あら、ジョークだと思ってくれてたのかしら」


 ――クララは動く馬車の中から、ローブのフードが外れたたった一瞬で俺を見付けた。

 どこか夢物語のように聞いていた話が一気に現実味を帯びて腑に落ちていく。


「この世界にはあんたみたいな祝福者が案外いるんだな……」

「そうでもないわよ。私も家族以外の祝福者と会ったのは初めてだもの」

「へぇ、じゃあ俺は運がよかったんだ」

「全ては女神様のお導き。私はこの出会いに心の底から感謝しているの。貴方の力になれるなら喜んでポールダンスを教えるわ」

「そ、そっちはまたの機会に……」

「遠慮しないで。さぁ、まずはポールダンスの基礎から鍛えていきましょうか」


 おっと、話の流れが変わったな。

 俺がイメージしていた鍛錬とは全く別の何かが今にも始まってしまいそうだ。


 悠然と詰め寄ってくるクララの迫力に圧されてじりじりと後退してしまう。

 アニカは日課の鍛錬時間だし、アレクサンダーは珍しく外出していた。会話の流れを変えられるのは俺しかいない。


 けれど俺が何を言おうと彼女は既にやる気のようで、俺の抵抗を難なく抑えてしまう。

 言われるがまま女の子の姿に変わると、クララの手にはいつの間にかメジャーが握られていた。どうやら俺用の(・・・)ポールダンス衣装を作る気らしい。


「…………ごめん!!」


 流石に危機感が俺の身体を突き動かし、逃げるように城下町へ向かって寄宿舎を飛び出した。

 騎士団の大門を抜けたところで追いかけられていないことに安堵して、荒くなった呼吸を落ち着かせながら細い道を歩く。


 教わりたいのはダンスじゃなくて身体の鍛え方なんだけど……いや、強さの秘訣って言ってたくらいだし、俺でも多少は動けるようになる……のか?


 今日から鍛錬するつもりがすっかり人のペースに巻き込まれている。

 せめて衣装は抜きで教えてもらうかと思案しながら城下町を進むと、大人も子供もいつもより忙しなく動き回っている姿が目に留まった。

 雑貨屋でメモ用の手帳を探しながら耳を澄ませていると周囲の話が聞こえてくる。聞いた感じだと、どうやらリヒト王国の建国祭が近付いているようだ。

 普段は家仕事に勤しむ夫人や子供も一丸となって祭りの準備を進めている。みんな楽しそうだな。


 買い物を終えた俺は邪魔にならないように路傍の隅に立って城下町を眺めた。

 大戦の影響で復興途中ではあるものの、ここにいる人達は大戦を引きずるでもなく前向きに暮らしているように見える。

 それが表向きの感情だとしても、みんな強い人達だ。俺が当事者なら失ったモノを数えて何もできなかったかもしれない。

 動けない(・・・・)という事実がまた己を蝕んで悪循環に陥るのだと、ありもしない自分の姿を想像して胃が痛んだ。


 後ろ向きな思考を振り払えずにいるとどこからか唸り声が聞こえてくる。

 俺の唸りじゃない。気のせいでもない。俺以外の誰かが苦悩をもらしているのだ。


 声を頼りに探そうとすれば、通りすがりの民が一様に視線を向ける場所がある。右に左にと視線を彷徨わせれば、大通りからでも見える路地の奥でしゃがみこんでいる人がいた。


 立ち眩みか、体調不良だろうか。

 急に動けなくなることもあるよな。

 すぐに治まるかもしれないけど、助けがいるかどうかだけでも聞いてみよう。


「……あ」


 と思って近付いたけれど、しゃがみこんでいるのが第三隊長だと解って足が止まった。

 低めの唸り声には力があるし、後ろから見えた耳と尻尾はフラフラと揺れている。


 見たところ具合が悪いわけではなさそうだ。

 背伸びをして手元を覗き込むと、わなわなと震えながら紙束を握り締めているようだった。


「どうしてここにあの人が……見付かったら面倒だよな」


 踵を返そうとして――不意に足が止まる。

 町民も様子を窺いはするものの、獣人に馴染みがないのか声をかけるには至れていない。まぁ、単純に第三隊長が近寄りがたいってのもあるだろうけど。


 俺はこの人の態度をよく思っていない。

 いないけど、知り合いが困っている姿を無視できるほど俺は薄情にもなれない。

 何より、アニカなら迷わず声をかけているはずだ。勇者の隣に立つ賢者(おれ)が彼女の生き様を無視してどうする。


 ……いや、うん、今は女の子の見た目だしな。

 俺に対しては好戦的だったが、アニカはそんな印象がないって言ってたし。ぽっと出の俺が気に食わないってだけの可能性もある。


 この人混みだ。また喧嘩を売られるようであればさっさと逃げて紛れてしまえばいい。

 意を決して距離をつめ、ひたすら紙束を睨みつける第三隊長に声をかけると――


「あの……どうしたんですか?」

「ッ!?」

「えっ、いや、そんな驚かなくても……」


 ――威嚇してくるかと思いきやびゃっと飛び退かれ、あまりにも記憶と異なる第三隊長に俺はただただ困惑した。




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