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034 アニカvs.クララ

 第二隊長と第三副隊長を振り切り、硬い客席に腰を降ろした第四隊長は俺にも座るよう促した。

 なんだかんだ従ってしまう自分を憎く思いながら少し距離を開けて隣に座る。

 すると彼は満足げに頷いてフィールドを指差した。


「あの目力の強い美人さん、仲間にするの?」

「いや、そういうわけじゃ……まぁでも、昨日の夜にアニカが『そんなに強い人なら仲間に入れたいですね』って言ってましたけど」

「うん、いいんじゃない。あの子ならアニカちゃんと並んで前衛に立てると思うよ」


 へらへらとした態度から一変、据わった目付きでそんなことを嘯く。


「……見ただけでそんなこと解るんですか?」

「お、目の色が変わったね。ちょっとは尊敬してくれた?」

「そういうところはあんまり……」


 第四隊長曰く、フィールドの中央に立つ彼女の立ち姿に隙はなく、全身を覆う魔力も淀みなく流れているらしい。

 もしかしてアレクサンダーみたいに魔力が見える道具を持っているのかと首を捻るが、どうやら魔力の流れは「見える」のではなく「感じる」のだとか。

 俺には解らない感覚だ。期待を口にする隣人を横目に見遣り、そういうもんかと思案する。


「騎士団でも相手にできる平団員はそういないかもね」

「……あんた相手でも、ですか?」

「ん~、どうだろうねぇ」


 どっちつかずの返事を受け取ったその直後のこと、大きな歓声が客席を包む。

 周囲に倣ってフィールドを見渡せば、ちょうどアニカが入場してくるところだった。

 彼女は声援を送る団員へ向けてニコニコ笑顔で手を振っている。飛び交う言葉はどれも好意的で熱烈だ。きっとアニカが日々交流している賜物だろう。


 そんなアウェイな場所に立っているというのに、勝負服と槍一本で佇むあの人は表情ひとつ変えずにアニカと対峙する。

 

「クララ・フォン・ヴォネモーントよ。私に勝ったらどんな望みであろうとひとつ願いを叶えてあげる。貴方こそが私をねじ伏せてくれる相手であること、心から切望しているわ」

「アニカ・フォン・フォーグラーですっ。クララさんの期待に応えられるように頑張りますね!」


 勇者と謎の女性が名乗り合うさまに始まる前から客席のボルテージも最高潮だ。

 奥から悠然と出てきた第二隊長が間に立って音頭を取り、大剣と槍先がゆっくり宙を滑っていく。


「両者、構えて。準備はいいな? では――アインス、ツヴァイ、ドライ!」


 カウントののち、両者は同時に飛び出した。

 すぐに数回剣戟の音が響いたかと思えば互いに距離を取り、相手の出方を窺いながら武器を構え直している……と思う。


 あっという間の出来事に呆気に取られてしまった。

 今の数秒で何があったのかのほとんどを理解できなかったが、どうやらここにいる団員の大半も似たような感じらしい。

 何が起きたのかとどよめく声が客席にじわじわと広がっていく。


 せめて二人がどう戦っているのかを知るべく目を凝らせば、隣で見ていた第四隊長が一連の流れを簡単に説明してくれた。


「飛び出したのはほぼ同時だったけど、リーチの差で黒髪のお嬢ちゃんの槍が先に届いたね。だけどアニカちゃんは剣でそれをいなして、勢いを殺さぬまま懐に飛び込んだ。剣先が触れる寸前、お嬢ちゃんが槍を地面に突き刺して支柱代わりにすることでギリギリかわしたみたい。凄いねあの子。一体何者なんだい?」

「執事兼ポールダンサーってことしか……」


 想像を遥かに超える応酬がなされていたようだ。

 どっちも凄い、なんて陳腐な感想しか抱けない俺を置き去りにして勝負は続く。

 その激しさに客席も熱を取り戻し、二人への(・・・・)声援がとめどなくあふれていって。


 一方で俺は彼女達が「強い」ということくらいしか目も思考も追いつかずにいる。


 本当に俺なんかのサポートが勇者(アニカ)に必要なのだろうか。

 足手まといがいるよりも勇者単体の方が戦いやすいんじゃないだろうか。


 浮かぶ疑問に思わず唸る。そんな俺の肩にポンっと手が添えられて意識がまた隣に向いた。


「君も身体強化の熟練度をあげておいたら? 一般人なら低いままでもいいと思うけど、賢者となれば狙われることもあるかもしれないよ」

「そう、ですよね……」

「自分が動けなくても相手の動きは多少見えるようになるし、何より生身の防御力も変わってくる。アニカちゃんと一緒にいるんだからそれくらいしといた方が怪我も少なく済むと思うなぁ」

「……あんな風に避けられたりしますかね?」

「はは、あの子達はまた別格でしょ」


 今日までにいろんな人達から聞いた話が脳裏を過ぎる。

 調薬にしか挑戦していない現状、焦りを感じているのは事実だ。けれど戦うための鍛錬なんて俺にできるのかな。


「アニカちゃんは先代の勇者にたまに稽古つけてもらってたらしいけど、普通の子ができることは限られてるからね。正直に言って勇者になりたての頃はうちの入団試験にもギリギリ受かるかな~くらいだったんだ」

「そうなんですか……?」

「それがたった半年であれだけ動けるようになるなんてね。女神様の加護はもちろんだけど、ハネスさんとヒルデちゃんの厳しい特訓をひたむきに続けてきた努力の賜物だと思うなぁ」


 やっぱりアニカは凄いな。

 毎日頑張っている姿を見ているだけの俺が誇らしくなってしまった。

 試しに鍛錬に混ぜてもらうのもありか?

 アニカが汗だくになるくらいの運動量だ。俺、耐えられるかな……。


 いや、自分の心配は後回しだ。今は二人の勝負に集中しよう。

 高鳴る剣戟にますます速度が上がっているように感じる。瞬きをする間にも二人の立ち回りは刻々と変わっていた。


「……これ、このまま決着つかないんじゃ」

「ん~……少しずつ押してるね」

「えっ? どっちが?」

「君んとこの子」


 言われるがままよくよく動きを見れば、アニカの猛攻を執事がギリギリで躱し続けているようにも見える。

 攻撃の手数はアニカの方が多い。だけど――


「……ずっと避けられてたらアニカの方が疲れちゃうんじゃないですか?」


 ――執事はアニカの動きを見切っているのか、大剣に触れて倒れたり吹き飛ばされる様子がなかった。

 この調子で攻撃し続けてしまえばいくら体力があっても不利になるだろう。

 勝敗なんて気にしてなかったのに、アニカに負けてほしくないなという気持ちが込み上げてきて無意識に両手を握っていた。


「よ~く見て。アニカちゃんの剣、黒髪のお嬢ちゃんに当たってるよ」

「えっ!?」

「剣に纏わせた魔力を振動放出させてるんだよ。癖なのかお嬢ちゃんはギリギリで剣先を躱しているせいで対応できてない。あのお嬢ちゃんは確かに強いけど、そういう(・・・・)使い手に会ったことがないのかもね」


 第四隊長は当たり前のようにアニカの攻撃から執事の癖まで読み取って解説してくれる。

 しかしここからフィールドまではそれなりの距離がある。細かい動きだけでなく魔力の使い方まで判別できるなんて……流石は〝隊長〟だ。


「……でも、どうしてここからアニカの魔力の使い方まで解るんですか?」

「だってあの使い方教えたの、おじさんだもん」

「うわ……」


 かわい子ぶった物言いにげんなりとした声が漏れ――直後、キンッと甲高い音が響いてフィールドに視線を戻す。


 視界に映った光景に瞬きすら忘れた。

 槍が空を舞い、尻から地面に倒れた執事の顔の横にアニカが大剣を突き刺して静止している。

 やがて槍は地面に落ちてからからと転がっていき、それに視線を向けた執事が少し上がった息と共に言葉を吐いた。


「私の負けよ」


 決着の宣言に今日一番の歓声が轟く。

 俺も数秒目を見開いて、だんだんと込み上げてきたアニカの勝利(・・・・・・)に興奮を抑えられず立ち上がってしまうほどだ。


 大剣から手を離したアニカが手を伸ばし、満足げに微笑む執事を引き起こして並び立つ。

 第二隊長が勝者のコールを上げ、他の団員に「これらを学びとするように」と告げて無事にタイマン勝負は終幕を迎えた。


「あ~、面白かったね~。さて、それじゃあアニカちゃんのところに行ってお祝いのひとつでも――」


 盛大な拍手に包まれる客席の中、テンポの違う拍手を送る第四隊長がお気楽に笑う。

 だがそれもいつの間にか現れた第三者によって遮られることになった。


「やっと見付けましたよ、隊長」

「……あれ~、どうしてここが解ったのかな?」

「第三副隊長から言伝を預かりました。もう充分サボりましたよね? ほら、戻りますよ。すいません賢者さん。この人、連れて行きますね」

「ああ……どうぞ」

「うちの副隊長、こわ~いでしょ」

「隊長」

「はいは~い。よっこらせっと……」


 なんだかこの光景、式典の時(まえ)にも見たな。

 既視感を抱きつつもぽつんとひとり残された俺は少し思案して、フィールドから出ていったアニカ達のもとへ向かうことにした。




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