033 約束の日
馬車に乗せられた先は案外遠く、歩いて寄宿舎に帰り着く頃にはもう日が傾いていた。
上から物音がする。アレクサンダーは二階で実験でもしているのだろう。
ひとり夕飯の準備を進めていると今日も元気な足音が近付いてくる。アニカが帰ってきた合図だ。
そして夕飯の席で事の顛末をアニカに話し、わくわくを抑えきれない顔を見て安堵と期待が俺の胸を包む。
「勝手に約束してごめん。今更になるけど、お願いしてもいいか?」
「もっちろんです! カズミさんの力になれるなら喜んで!」
アングラ的イベントのことは濁してクララ・フォン・ヴォネモーントという執事兼ポールダンサーについて説明すると、想像した通りアニカは前向きに頷いてくれた。
「あとは本部の演武場ってとこを借りられたらと思うんだけど……」
「解りました! 明日は鍛錬場に副団長さんも来るそうですし、あたしが聞いておきましょうか?」
「……いや、俺も行くよ。そもそも言い出しっぺは俺だしな」
やれることは自分でやりたいと思う。
アニカの戦い方を見てどうサポートしていくかも考えないとな。
一応アレクサンダーにも声をかけてみたが「興味はないな」と一蹴された。
……まぁ別に無理に誘う理由もないし、本人がこう言うならいいか。
ここで話しているとなんだか昼間の出来事が夢のように思えてくる。
ひとまず考え込むのは夜にして、今日もまたアニカの鍛錬話を聞きながら穏やかな夕食の時間を過ごした。
###
あっという間に一週間が経ち、約束の日が来た。
例の執事と落ち合うために騎士団の大門前へ向かうと既に待ち人が立っており、仕事服ではなく勝負服を着たその背には細長い袋が携えられている。
こちらから声をかける前に振り向かれて思わず肩が跳ねるも、深く追究されることなくとんとん拍子に会話が進んだ。
「本部から来たところをみると、やっぱり貴方は騎士団の関係者だったみたいね」
そうか、自己紹介もまだだったよな。
俺だけが立場を秘密にする理由はない。それに万が一賢者としての俺を狙われたとしても騎士団にいれば安全だ。
彼女の本気に報いるべく、初めて自分の意志でちゃんと正面から目を合わせた。
「俺、薬師寺和巳っていいます。一応、賢者としてこの国に喚ばれたんですけど……あ、賢者って解りますか?」
「ええ、聞いたことがあるわ。勇者と並び立つ存在、だったかしら。まさか私の相手をしてくれる人って勇者なの?」
「はい、まぁ。察しがいいですね」
「勇者と戦える日が来るなんて。あの日貴方と再会できたのは女神様のお導きだったのね」
彼女を連れて本部に入ると周囲からの視線が俺にも刺さる。
図書館は一般開放されているから部外者はたまに見るとはいえ、こんなに目立つ格好をしている民はまずいない。
当人は気にした素振りを見せず、途中で合流したエマさんの後ろを俺と並んで歩を進める。周囲の目を気にしているのは俺だけだ。
フードを被り直して気配を消そうとすること数分、鍛錬場とはまた違う開けた場所へ到着した。
中央に円形のフィールドがあり、その周りを客席が囲っている。しかも客席には既に結構な数の騎士団員が入っていた。
あれ、おかしいな。
副団長に話した時は「二人が集中して勝負できるように」って場を整えてもらえるはずだったのに。
唖然とする俺にエマさんが話してくれたのだが、どうやらアニカからこの話を聞いた一部の隊長副隊長が乗り気になってイベント化したらしい。
想像以上に大事になってしまい軽く眩暈を覚えた。
これじゃあ集中するも何も……と心配する俺をよそに、携えていた袋から二メートルはあるであろう槍を取り出す人がいる。
そう、当事者である執事だ。
彼女はなんの迷いもなくフィールドへ向かって踏み出し、数多の人の眼差しを浴びてなお凛としてもうひとりの当事者を待つ。
また胃が痛くなってきたな。
案内してくれたエマさんを見送ってひとり突っ立っていると、どこからともなく二人の騎士団員が現れた。
「こんにちは、カズミさん」
この二人……式典にいた人達だ。意識して顔を見たから覚えている。
こんにちはと応じて頭を下げると柔和な笑みと気強い笑みが俺に向けられた。
「改めて自己紹介を。私はリヒト王国騎士団第三隊副隊長のハネス・フォン・メルケル。こちらの女性が第二隊長のヒルデガルト・フォン・ルートヴィヒです」
「カズミといったな? 来て早々爆発騒ぎを起こしたと聞く。活きのいい者は大歓迎だ。勇者共々、活躍に期待しているぞ!」
第一印象と変わらず物腰柔らかな男性と、年齢を感じさせない快活な女性だ。
一通り挨拶を済ませて話を聞いていると多少の人柄は窺える。しかもこのイベントに協力してくれていることが判明し、なんだか勝手に納得してしまった。
副団長もこういうことは好きそうだし、騎士団員ってお祭り好きが多いのかもな。
黙って考え込んでいると二人の会話の矛先が俺に向く。
何度も言葉を交わしつつ背中を叩いて喝を入れる第二隊長に圧倒され、やんわりと助けてくれた第三副隊長の優しさに触れる。
どちらもそれなりの距離感を保って接してくれたからか不快感はなかった。
アニカが「ハネス師匠」と呼ぶところは見ていたし、雑談の中で「ヒルデ師匠」と呼んでいるのも聞き覚えがある。
どちらも彼女の師匠ならそれだけで俺にとっては信頼に足る人だ。このイベントもアニカにとって悪い結果にはならないだろう。
そう思って相槌を打っていると――不意に第三副隊長の声音に厳しさが混じる。
「フェルディナント、出てきなさい」
「げ……バレてました?」
一瞬困惑したが、彼の眼差しは俺ではなくさらに後方へ向けられていて。
振り返ると確かに人影があり、その姿に見覚えもあった。
「当たり前でしょう。君はまたそんな恰好で本部を闊歩して……私が騎士団員としてあるべき振る舞いを指導することもやぶさかではありませんよ?」
「え~、勘弁してくださいよハネスさん」
「振る舞いの指導程度じゃ今更どうしようもない。お前は性根から叩き直さなきゃ変わらんからな」
「ちょ、ヒルデちゃん。余計なことは言いっこなしだよ」
第四隊長だ。ぼさぼさの赤髪は図書館で会った時を思わせる。
服装はその時とも式典の時とも違って着流しを纏っていたが、隊服を着ている二人と比べると正直……かなりだらしない着崩し方だ。
「賢者様もそう思うよねぇ」
「は、はぁ……」
俺が女の子になれることをこの人には知られている。
どう接するべきか距離を測りかねて曖昧な返事をこぼすと、第四隊長は俺の背中を押して再び歩き出した。
「せっかくだからいい席で勝負を拝もうか」
どうやら一緒に観戦するらしい。
まるで約束していたかのような自然な動作に呆気に取られてしまう。
……まぁ、先約もないし別にいいけど。
第二隊長と第三副隊長に見送られて客席に上がろうとすると、すれ違いざまに疑念の声が投げかけられる。
「ん? そういえば今日は一日書類漬けにすると第四副隊長が言っていたが」
「もしやまた職務から抜け出してきたのですか?」
じと……と二人に詰め寄られた第四隊長は何故か俺を盾にして身をかがめる。
「大丈夫大丈夫、いずれちゃんと終わらせるから。二人は会場の仕切りがあるんでしょ。ほら、この子は僕に任せて行った行った」
そして続く言葉を第四隊長は振り払い、俺を連れて今度こそ客席に上がり込んだ。




