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026 魔力を研磨する

 ごちそうさまでしたと手を合わせ、興味が〝勇者と賢者〟という存在そのものに移ったアレクサンダーの話を聞きながら自分なりに改めて思考をまとめてみる。


 面倒な言い回しもあったが言いたいことはそれなりに理解できた。

 素人のパンチとプロボクサーのパンチが違うように、Aランクの魔力量を持つ賢者はとにかく経験を積んでいけということだろう。

 だが、ここで気になることがある。恐らく意図的に語られていない話題だ。


「なぁアレクサンダー」

「なんだね」

「魔法薬についても……あんたは何か知ってるんだよな?」


 魔法薬を作れると言質は取ってある。

 そもそも教えてくれるって話だったのに、ろくに取り合ってもくれなかったのはなんでだ?

 まさか魔法薬を作れるというのは嘘だったんじゃ……。


 疑いの眼差しを向けるとぺらぺらと動き続けていた口がぴたりと止まる。


「…………」

「…………」


 今までは怪しさの印象の方が強かったけれど、真顔になったアレクサンダーは妙な迫力があるな。

 整った造形と奇抜な格好が雰囲気を助長させているのだろう。

 普段は変人さの方が際立っているが黙って見ているとやっぱり気になるな、この角。一言くらい突っ込みを入れてもいいのか?


「くはは……っ!」


 訂正。今日まで見せた顔で一番の笑みも迫力満点だった。

 なんだその器用な笑い方は。怪しさ通り越して怖いぞ。というか笑いどころが謎過ぎる。


「な、なんだよ……」

「いやなに、君の苦悩する様には感興をそそられると思ってね」


 ひとしきり笑って勝手に満足したのか、細く開いた眼で俺を見る。力強い眼差しからは何を考えているのか全く読み取れない。


「魔法薬についてはどの程度把握しているのかね」

「Aランクの魔力量で調薬できて、効果には時間制限があって、魔法薬師はそんなにいない……って感じだけど」

「ふむ、想定の範囲内だ。アニカクン以外に君に物事を教授した者の人物像まで思い浮かぶよ」


 だいぶアレクサンダーという男のペースが掴めてきた気がする。

 この言動に俺をイラつかせる意図はない。焦るな。俺が何を言っても言わなくても聞かせられる内容に差はないだろう。


 閉口して続きを待つ。すると予想通り、ひとりで納得してひとりで話を元に戻した。


「調薬に必要な魔力量はBランクで事足りるのだよ」

「……はっ? アニカも副団長もAランクだって言ってたぞ?」

「一般的な認識ではそうだとも。小生は初期認識の正確性を取って君に事実を伝えたまでだ。何かしらの必要に迫られた際に『Aランクのみ可能』と『Bランクでも可能』とでは思考や作戦に難が生じるだろうからね」


 もう既に俺の脳に混乱が生じているんだが。

 アニカの様子を窺えば彼女も混乱しているのがありありと伝わってくる。


「……おかしくないか? なんでそんな重要なことが一般的に知られてないんだよ」

「最近の研究でようやく確信に至ったのだよ。熟練度を上げることでBランクの魔力で調薬した魔法薬でも効果が安定するのだとね」

「『熟練度を上げることで』?」

「何故、長年調薬に必要な魔力がAランクだと思われていたか。それは単純に(・・・)素材と馴染ませる魔力が足りなかったのだ」

「? 足りないなら調薬できないんじゃないのか?」

「より正確に言うならば『素材に注ぐべき魔力』を無意識に『使う』ことに割いてしまっている。故に馴染む前に魔力が足りなくなり、魔法薬としては完成はしない。つまり、調薬に使う(・・)魔力を可能な限り軽減することによってBランクの魔力でも調薬が可能となるのだよ。小生もBランクだが事実、魔法薬が調薬できていることが証左だ。どうだね、面白いだろう」


 おいおい、なんだよ。基準が曖昧なくせして熟練度ってかなり重要じゃないか。

 心なしかアレクサンダーが楽しそうに見えてきた。

 魔法薬や白煙を作ったりと、彼という人物はこういう分野が好きなんだろうな。


 話を自分の中で噛み砕きつつ、同時に謎に包まれていた男の性質を飲み下していく。

 楽しげに語る人の話は好きだ。聞いている俺まで同じ場所で楽しんでいる気持ちになれるからか幸福感が込み上げてくる。

 まさかこの男にもこんなことを思うなんて考えてもみなかったけれど。


「さて、調薬と似通っている愉快な魔力の使い方が他にもあるのだが、それが何か解るかね?」

「はいっ、解りません!」


 ステージに半分意識を持っていかれていたアニカもいつの間にかアレクサンダーの話を真剣に聞いていたようだった。


 なんていい返事なんだ。

 頭上に見える疑問符の幻覚も気にならないくらい表情もキリリと決まっている。なんだかカッコいいぞ。


 俺も首を横に振って意思を示す。すると饒舌に動いていた口が止まり、組んでいた手をサングラスに触れて言った。


「魔晶石の〝鍛造〟だよ」

「もしかしてそのサングラスもあんたが作ったのか……?」

「そうだとも。通常の鍛造と違う点は、魔晶石を(・・・・)魔力で(・・・)研磨する(・・・・)ことだ。これにより今までは単体でしか力を発揮できなかった魔晶石が様々な形で活用できる。小生の『魔力を介在することで魔力を視認できるレンズ』を筆頭に、『魔力を蓄積できるピアス』『魔力伝導の負荷を軽減する道具』などなど多岐に渡って研究が進められている真っ最中なのだよ」


 確か、副団長のピアスも魔晶石だって言ってたよな。それに調薬鍋にも使われているとも聞いた。

 俺はてっきりアニカも知ってるものだと思って使ってたけど、彼女も鍛造については知らなかったらしい。


「……魔晶石って稀少なんだよな? どこで採掘できるんだ?」

「そも、魔晶石がなんなのかを知っているかね」


 また首を振る。俺の反応を想定していたのか、アレクサンダーの口は淀みなく回る。


「魔晶石とは、精霊族から放たれた魔力を吸収した鉱石のことを指す。故に『どこで』という問いの返答としては『精霊族の拠点付近』とするのが妥当だろう」


 精霊族? って、この世界にはエルフもいるのか……!


 正直、凄く気になる。

 気になるが、それよりもアレクサンダーの物言いが引っかかった。


「急に曖昧になったな」

「記録上、人間に姿を見せた精霊族は確認されていないのだよ」

「? じゃあなんで精霊族の魔力だって解るんだ?」

「これに関しては古くから伝わる伝承がある。魔晶石の研究に携わってきた研究者達が是としてきたものだ」

「……なんか意外だな。あんたならそういう話は一刀両断しそうだけど」

「事実、このレンズで魔晶石を見れば人間とは違った魔力の揺らめきを感じ取れる。そもそも人間の魔力は普通の鉱石(モノ)には留められないのだ。根拠がないと断ずるのは容易いが、人間の能力、自然の産物としては説明がつかないことばかり。故に小生は説の一つとして考えているよ」


 隣から拍手の音が聞こえる。アニカを見遣れば輝かしい顔で「そうだったんですねっ!」と聞かせ甲斐のある反応をしていた。

 気持ちとしては俺も同じだ。知っていたこと、知らなかったこと。いろんな情報が一気にアップデートされていく感覚に嬉しさはある。


 だけれど、アレクサンダーに対する疑念もまた深まった。

 魔力、熟練度、調薬、鍛造、エトセトラ。今までの話はあまりにも詳し過ぎる(・・・・・)

 驚いていたアニカは勿論、ところによっては副団長よりも説明が詳細だ。

 後者は俺に言葉を合わせてくれた可能性を加味しても、アレクサンダーの知識量は副団長にも劣らないだろう。

 きっとこれも誰にでも(・・・・)知れることじゃない。しかも実際に調薬・鍛造ができるのだ。


 どうしてそんな人が国に重宝されるでもなく城下町にいたのだろう。

 少なくとも今回王都に来たのは、初めて俺と会った日のはずだ。


 もしかして他の都市にはあんたみたいな人がたくさんいるのか? 

 やけに詳しいあんたの知識はどこでどうやって得たモノなんだ?


 俺の胡乱気な眼差しに気付いたのだろう。

 それでもアレクサンダーは当然の如く言い放つ。


「なに、小生はただ識ることが好きなだけさ」

「『好きなだけ』って……」

「何、何故、どうして。君が言うその言葉と同じだ。己が満足するまで欲を追求することになんら不思議はないだろう」


 うまく言い返す言葉がでてこない。なんだか言葉数で言い負かされている気がしないでもないが、これ以上聞いても教えてはくれないだろう。


 この男に対して何度目か解らない溜息を吐きそうになり、すんでのところでどうにか飲み込んだ。



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