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016 読めない文字

 まず結論を言おう。

 性別転換薬(仮)を飲んだ騎士団員の見た目はそのままだった。


 きっちり着込んだ団服がだぼつく様子は見られず、俺より少し高い背も縮む様子を見せない。

 おかしいな。俺が飲んだ時は気付いたら倒れてたくらいだから即効性があると思ったのに。


 騎士団員が倒れても受け止められるように広げた手は意味なく宙をさまよい、好奇心に染まっていた思考がゆっくりと冷静さを取り戻す。

 作ったばかりの魔法薬を第三者に試飲させたことを反省しつつ騎士団員にいくつか質問をしてみたが、本人からしてもなんの変化も感じていないようだ。


 性別を転換させるには魔法薬を飲む以外に条件があるのかもしれない。

 朝食べた物が胃の中で反応した可能性もあるし、異世界人である俺とは身体の作りからして違う可能性だってある。

 どんなに凄い魔法薬を作ったとて、効果が安定して発揮されないのなら存在しないも同然だ。


「ちなみになんですけど、人の性別を変える魔法薬とかってこの世界にあったりします?」

「そのような魔法薬は聞いたことがありませんね……」


 身体を張った上に頭を悩ませてくれた騎士団員にお礼を言って調薬室の中に戻る。

 効果を再確認することは叶わなかったけれど、この世界でも性別転換薬は特異なモノだという確証を得られただけでも充分な成果だ。


 ……あれ、待てよ。

 適当にやってこんなに凄い魔法薬を作れるのなら、魔法薬の本を読めばもっとちゃんとした魔法薬がすぐにできるんじゃないか?


 そうと決まれば早速図書館に行ってみよう。確か騎士団本部にあるって言ってたよな。


 部屋を出る前に小瓶半分にも満たない性別転換薬(仮)を詰めて蓋をする。

 置いていこうかと思ったが、万が一のことを考えると手元にあったほうが安心できる。ローブの内ポケットに小瓶を入れて、ついでとばかりに二十秒かけてもう一度祈った。


「よし、これでいいだろ」


 女の子の身体で居続けることで新たに薬の作用が起こることだってある。今は俺しか変われないんだから、変われる内に実証していく方が合理的だろう。

 もし不調の兆しがあれば男に戻ればいいんだし。戻れたならそのまま倒れてしまっても誰かが助けてくれるはずだ。


「図書館ってどっちですか?」

「あちらです」

「どうも。ちょっと行ってきます」

「ハッ!」


 敬礼する騎士団員に見送られながらいつもより低めの視線の廊下を進む。

 指輪は親指に嵌めた。フードまで被っていたら一見いつもの俺と変わりない、と思う。


「……む? 今の声、女の子だったような……まさかな」


 後ろから聞こえてきた声は聞こえないふりをして、見知った顔に見付からないように早足で駆けて行った。




###




 広々とした図書館で壁一面を覆う蔵書量に圧倒されたのもそこそこに、俺は致命的な事実に気が付いた。

 本の字が読めない。というか、文字が全く読めない。

 耳に入る人の言葉はきちんと認識できている。けれど目に見える文字らしき羅列は模様のようだった。


 そういえばこの世界に来て文字を見た記憶があるかと言われれば、答えはノーだ。地図には紛失してもいいように最低限の図面しか載せられておらず、まだ街にも降りていないから看板を見かける機会も得られていない。

 いや、よく考えれば見たことはあるかも。ただの模様として意識の外に放置したんだと言われれば頷いてしまう。


 せっかく図書館に来たのに無駄に終わりそうだ。

 奥の方に司書さんっぽい人がいたから魔法薬関連の本がどこに置いてあるのか聞いてみるか?

 それをアニカに読んでもらって……うーん、鍛錬の邪魔はしたくないしな。

 音読してくれる人を副団長に頼んで探す方がいいか。ひとまず今日は出直すとしよう――


「ここじゃ見ない顔だね、お嬢ちゃん」


 ――図書館を出ようとした俺の前に見知らぬおじさんが立ち塞がった。

 ちらほらいる騎士団員と比べるまでもなく身軽な格好をしたその男は、これまた規律とは無縁なようなけだるさを含んでもう一度「お嬢ちゃん」と口を動かす。


 ああ、俺に言っているのか。

 そういえば今は女の子の姿をしているんだった。文字が読めないショックで失念していた。


 男がへらりと笑うさまには色気を感じる。だが、それ以上に込み上げてくるのは不信感だ。司書さんならまだしも、見ず知らずの他人から行く手を塞がれる謂れはない。

 もしかしてこれがナンパってやつか……? 女の子って大変なんだな。


「君、何か悩んでるみたいだったからさ」

「いや……ちょっと調べたいものがあるだけなんで」

「へぇ、なら僕も手伝ってあげようか? 騎士団員として困ってる人は見過ごせないしね」

「ヒトリデデキマスー」


 騎士団員だったのかよ。こんなに怪しい人も騎士団にいるんだな。

 俺は片言で距離を取り、残念そうなそぶりで笑うおじさんから逃れるように図書館を出ていく。

 また絡まれないように、しばらくは女の子の姿で図書館には来ない方がいいかな。

 あと、黒いワイシャツを着崩していて目を覆うほど髪を伸ばしたボザボザの赤毛おじさんには注意するようにアニカにも言っておかないと。


 調薬室に戻ってからもこの姿のまま過ごしてみたが〝性別が変わる〟こと以上の異変は起きない。

 祈ればちゃんと男の姿にも戻れるし、このことを副団長に伝えるべきかどうか悩むな。

 まぁ、賢者であることには変わりないんだし、報告するのはヤバくなってからでいいか。




 気持ちを新たに調薬を再開したものの、できあがるのはただただ素材を一緒くたにした謎鍋ばかり。

 試しに数日かけて魔力を注ぎ込んでみたが謎鍋は謎鍋のまま。調味料などを加えて煮込んでみたら問題なく食べられたので、結局は俺とアニカの夕食となった。


 そんな日々を過ごしていると、お披露目会という名の式典前日になってようやく副団長が俺達の寄宿舎に姿を見せる。

 忙しかったと言いつつも疲れた様子はおくびにもださず、一杯だけお茶を飲みながらさくさくと式典の話を進めて。副団長は珍しく雑談をせず、気のいい兄ちゃんっぷりを発揮して帰っていった。


 式典への不安はある。

 けれどアニカと副団長も傍にいるのならなんとかなるか。


 なんて楽観的な気持ちを抱きつつ、兄がいたらこんな感じなのかなと少しだけ笑みが漏れた。


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