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015 性別転換薬

 調薬室へ向かうと、扉の前に騎士団員が一人立っていた。

 団服とヘルメットを隙なく身に付けた彼曰く、俺に何かが起きた時にすぐ駆けつけられるよう見張りを立てることになったらしい。

 詳しい理由は聞かなくても解る。というか、昨日の爆発が原因だとしか考えられない。


 まぁ、見張りの人は外にいるだけみたいだから意識しすぎないようにしよう。

 前向きに考えてみれば、魔法薬を飲んで万が一のことがあってもすぐに助けがくるんだ。気にはなるが、何も悪いことばかりじゃない。


 さて、今日はどの素材を組み合わせてみよう。

 初めての調薬があんなにすんなりいったことを加味すると、案外魔力量さえあれば魔法薬と呼べるモノは簡単に作れてしまう……可能性がある。

 いや、それなら副団長がもっと魔法薬について知っているんじゃないか? アニカが〝勇者〟だから強くなったように、俺も〝賢者〟だから特別な加護を持っている……とか。


 例えば、賢者の加護は調薬の成功率をあげる効果があったり。

 例えば、同じAランクでも五賢星と賢者では魔力量にかなりの差があったり。

 「もしかすると」を挙げていけばひとつくらい当たるかもな。だけど、考えたところですぐに答え合わせができるはずもなく。

 悪い癖だ。あんまり考え過ぎるとまた視野が狭まってしまうし、まずは初志貫徹、魔法薬作りに打ち込もう。


 部屋の隅の明かりをぼうっと見ていると、後ろからごとりと音が響いた。

 振り返ると床にいくつかの素材が散らばっている。きっとテーブルの上から転がり落ちてしまったのだろう。


「……よし、これを使ってみるか」


 これも何かの縁だ。黄色い果物をひとつと、薬草っぽいのを三種類と、細々とした綺麗な石と、たっぷりの蜂蜜を鍋に入れた。

 魔力を注ぎ込む感覚はわりと掴めていたから、昨日とは違って出せるだけの魔力を全力で注ぎながらぐるぐるとヘラをかき回していく。


 しばらくすると、丸のままだった素材が今度はすっと霧散していく。鍋の中にはほんのわずかに薄青の液体だけが残った。

 使った素材の量はそう変わらないのに、前回と比べて質量が激減している。杯に入れたって半分くらいの量だ。


 ……一応、成功したってことでいいんだよな?

 扇いで匂いを嗅いでみると、あれだけ漂っていた蜂蜜の香りが完全に消えていた。視覚と嗅覚で変化を実感した今、次にやることはひとつ。

 そう、俺自身が試してみることだ。


 指ですくうと少しとろみが感じられる。触れた箇所がひんやりとしていくものの嫌悪感はない。

 そのまま舐めてみると――


 ――視界が明暗することすらなく、俺の意識は途切れた。




###




 身体の左側面が冷たい。瞬きを繰り返すことでぼやけていた焦点を合わせると、石造りの床とテーブルの脚と積みあがった木箱が見える。

 なんだ、調薬室か。


 ……俺、あれからどうしたんだっけ。

 なんで床で寝てるんだろう。

 確か今日は、目についた素材を使って魔法薬を作ってたはずだよな。完成した魔法薬を調薬鍋から直接すくって舐めたはずだ。よし、思い出してきたぞ。


「もしかしてこの魔法薬……睡眠効果があるんじゃないか!?」


 最高だ。手持ちの睡眠薬も減っていくばかりのこの世界ですぐにでも欲しい魔法薬だぞこれは。ああ、俺はなんて運がいいんだろう。

 ここまで物事が上手く運ぶんだ。賢者には調薬に関する加護がきっとある。後で副団長にも教えてやろう。


 緩む頬を抑えきれず身体を起こせばフードが頭から落ちる。

 ローブを着たまま寝ても案外気にならないな、なんて思っていると――カランと音を立てて指輪が地面を転がった。


 あれ、なんで指輪、外れたんだ?

 なんか袖……長くないか?

 というかローブがいつもよりデカくなってないか?

 いや、いや、それよりも俺の手、こんなだったか?


 痩せて節の目立つ指はいつもより少し丸くて、腕を前に伸ばすといつもより少し距離が近い。

 いつもより。少し。

 そんな違和感が自分の身体に触れるごとに増えていく。

 細い手首。筋肉のつきが違う二の腕。薄い肩幅。極めつけは、明らかに膨らんでいる胸だった。


「お、俺……女の子になってる……!?」


 そんなわけがあるか。いや、ないよな?

 魔力ってのは身体強化を極めれば潜在能力を極限まで発揮できたり、回復薬を作れば治癒力を強化させたりできる増強剤みたいなもののはずだ。

 少なくともアニカ達の話を聞いて俺はそう感じたし、誰もが炎を自在に操れるような万能なものでもない。それはこの世界の人が証明している。

 俺が知る常識とはいくらかけ離れていても結局は〝たかが魔力〟だ。どこにでもあるような素材と魔力をかけ合わせただけで、人間の身体が易々と造り替えられるものなのか?


 そうか、俺はまだ夢を見ているんだ。

 起きろ。目を覚ませ。戻れ。戻れ戻れもどれ……っ!!


 祈るように指輪を両手で握って一心不乱に念じていると、十秒ほど経った頃だろうか、全身の血液が沸騰したかのように熱くなる。

 さらに同じくらいの時間をかけて熱が引いていき、恐る恐る目を開けると――


「も、どった……?」


 ――腕も、肩も、胸も。慣れ親しんだ自分の身体に戻っていた。

 ローブの袖からも持て余さず手が出せる。指輪をはめなおせば記憶にある通り綺麗に収まった。


 やった、戻った、戻ったぞ。

 ……ちゃんと戻ったんだよな? ヤバい、ちょっと泣きそうだ。


 安心感も戻ってきたおかげか、それとも現実逃避か。目が覚めてから数分の出来事が頭の中でぐるぐると巡る。

 人間、予想外のことが起きたら疑問をそのまま口にしてしまうんだな。

 まさか自分が女の子になったことで驚く日がこようとは。正直、今までで一番「異世界に来た実感」がある。


「…………もう一度舐めたら、また変われるのか?」


 余裕がでてきたら興味も湧いてでるものだ。誰だってそうだろう?

 調薬鍋に残った魔法薬をじっと見下ろし、あんなに強く抱いた焦燥感がいつの間にか好奇心にすり替わっていた。


 急激な変化をそう何度も繰り返してもいいものか。

 身体だけでなく何かしらの負担が襲い掛かるのではないか。

 今度は違う効果がでてくるんじゃないか。


 踏み留まる理由をいくつか思い浮かべてみても試してみたい欲には逆らえず。

 自分でも驚くほどあっさりと口に含んだ。


「…………変わらないな」


 けれど、俺は俺のままだ。同じ魔法薬は一度しか効果がでないのだろうか?

 もしそうなら重要だぞ。仮に回復薬が大量に作れたとしても「一回きり」なら使いどころを考える必要がでてくる。


 いや、そんなこと副団長は言ってなかったよな。

 一回きりでないとするなら……まだ魔法薬の効果は続いているんじゃないか?


「変われ、変われ、変われ――」


 念じると血が熱く燃え滾る。体温に馴染んだはずの指輪が左手の指先に触れ、氷のように冷たく感じた。


 ゆっくりと瞼を開けると――サイズを持て余した指輪が目に入る。

 ああ、また女の子になれたんだと奇妙な感覚に囚われたのもほんの数秒のことで、俺の興味はまた別のことに移った。

 端的に言おう。この時の俺は自分でも驚くほどのワクワクを抑えられなかったんだ。


「こんな薬ができるなんて……異世界、凄過ぎるだろ。これ、誰か飲んでみてくれたりしないかな……」


 違う、ダメだ、落ち着け。

 自分以外で試すならちゃんと安全性を確認してからじゃないと。

 アニカなら飲んでくれそうだけど……勇者にさせるようなことじゃないよな。

 副団長は……面白がって飲んでくれそうだけど、偉い人で試すなんて普通に考えておかしい。


 俺が今、他に声をかけられる人がいるとすればエマさんと――


「――見張りの人に頼んでみるか……?」


 試してみたい。

 俺以外にも効くのかどうか。俺以外だとどんな風に変わるのか。


 だって死ぬとか、老人や子供になるわけじゃないんだし。

 性別が変わるくらいなら許容範囲な人はいるんじゃないか?

 まぁ、女の子になった時はかなり恐々としたけど、事前に解っていたらワクワクするかもしれないし。

 うん、うん、まずは聞いてみよう。話はそれからだ。


 すぐさま俺は男の姿に戻って扉の外にいる見張りの騎士団員に声をかける。

 最初に魔法薬ができたことを伝え、性別が変化する可能性があることも伝えて。あとは試してもらえるかを聞いてみよう。


 なんて意気込んでいたものの、魔法薬ができたと言えば男は俺の言葉を待たずして「試供はお任せください」と姿勢を正す。

 どうやら試供(それ)も含めて見張りの任に就いているようだ。

 副団長は俺が誰かに試供を求めると予想していたのだろうか?


 仕事のできる人だなと感嘆するのもそこそこに、ローブの中で目を輝かせながら騎士団員に魔法薬を手渡した。






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