011 初めての魔法薬
調薬室にひとり残され、副団長の言葉を思い返す。
『一週間後に国王陛下と要人相手にお披露目会やるから覚えといてね』
さも夕飯の献立を教えるくらいのノリで言われたせいか理解するのに少し時間がかかってしまった。そのせいでろくに聞き返すこともできず副団長は消え、俺はひとり放置されたわけだが……。
「……お披露目会って何をするんだ?」
副団長は人柄のおかげかそれなりには話せたけれど、それ以上に偉い人達と会うなんて想像するだけで胃がじくじくと痛む。
そりゃいつかは会うことになるだろうとは解っていた。だからこそ考えないようにしていたのに、あまりにも雑なパスを突然送られてため息をこぼすなと言う方が無理だろう。
「副団長のペースに乗せられるとこんな感じになるんだな……」
だが、振り回されているのに不思議と嫌な気分ではない。
そんな人達と出会えた己の運の良さに感謝しつつ、改めて調薬室を見渡した。
賢者の魔力があれば魔法薬を作れる。
夢のような魔法薬を作ることだって、多分できる。
魔法薬師と会うまでは好きに作っていいって言われてるんだ。
だったら当然――アレに挑戦してみたい。
「≪惚れ薬≫目指して……魔法薬、作ってみるか」
調薬には火を使わない。
さきほど聞いた通り、魔法薬を作る上で必要なことは『調薬鍋に魔力を注いで素材と馴染ませていく』こと。
馴染ませ方にもいろいろあるけれど、この調薬鍋を使えば魔力を流し込んでいくだけで自動的にやってくれる。
俺のためにいろいろと準備をしてくれたあの人の話を思い出しつつ調薬鍋の前に立ち――そこでようやく、魔力を注ぐ以前の問題に気が付いた。
どの素材を組み合わせるとどうなるのか。
素材はそのまま入れるのか、切り刻んだ方がいいのか。
失敗を見極めるタイミングはいつなのか。
「……まぁ、失敗してもいいか」
昔話では薬草とか使ってたっけ。
トカゲの尻尾とかは口に入れたくないし、あんまり使いたくはないな……よし。まずは〝幸福〟から連想して、幸せになれそうな見た目や匂いの素材を適当に調薬鍋に入れていこう。
切り分けた素材と炭酸水が入った鍋をヘラでかき回す。
魔力とは、全身を繋げる血液のように巡らせることで身体を強化する代物だと聞いた。その一環として、道具も身体の一部として魔力を巡らせることで体外に放出しやすくなるのだとか。今回の場合はヘラだ。
ゆっくりと深呼吸しながらやってみれば、初めての感覚に思わず頷いた。
一瞬鳥肌が立つように全身がぞわりとしたが、慣れれば温泉に浸かっているような心地にも感じられる。
これなら混ぜ続ける作業もそこまで苦ではないな。
むしろ無心になれて楽しいまである。
もしかして俺、魔法薬作りに向いてるんじゃないか?
いや、道具と素材が一級品だってのが大きな要因だろう。ありがとう副団長。
鼻歌でも歌えそうな気分の中ヘラをかき回し続けていると、前触れもなく〝それ〟は起きた。
ボンッ!! と突然、目の前の調薬鍋からけたたましい爆発音と煙が立ち上ったのだ。
「……やばいか、これ」
失敗したか? 火災報知器とかないよな? 大丈夫だよな?
白い煙がもくもくと床に広がり霧散していく。
魔力って爆発するのか。副団長、失敗しても大丈夫だって言ってなかったか?
脳裏を過ぎるあの人の飄々とした笑みが悪魔のように変わっていく。
これ、文句くらい言っても許されるよな。
というか失敗作ってどう処理すればいいんだ?
食べられる素材しか入れていないし、食べられそうなら食べてしまえばいいか?
さて、どうしたものだろう。
処理の方法を悩みながらも鍋を覗き込むと、素材に炭酸ガスがまとわりついてシュワついていたごった煮が――見るも形を変えていた。
より正確に言うなら、無色透明な液体になっていたのだ。
「もしかして……成功、したのか?」
手で扇いで匂いを嗅いでみると、ほんのりと蜂蜜のような甘い香りがする。
嫌な感じはしない。鍋いっぱいに材料を入れたのに十分の一以下の量になっているから、何かしらの変化は確実に起きている。
ということは、やっぱり反応的には成功だと思うんだけど……。
悩んでても仕方ない。飲んでみるか。
いや、そもそも魔法薬って飲んでもいいんだっけ?
体内に取り込むと異常が起きるとか、そんなことは言ってなかったはずだよな?
不味かったら無理だけど、ここはやっぱり飲んでみるべきだよな。
そのために素材も選んだんだし、ダメならダメで副団長に治癒師でも呼んでもらおう。
最初の成果として、まずは保存用の小瓶に魔法薬(仮)を注いでいく。
もし効果が出たなら、どのくらい時間を要するのかを記録しておいた方がいいな。
持続時間も気になるし、作ってからどのくらい経過すると魔法薬ではなくなるのか、詳しいことも今後見ていかなければならない。
日用品を買うお金ももらったし、手帳とか探してみようかな。
どこに何が売っているのか、この辺りも後で聞いておかないと。
そうこう考えながら小瓶を並べていく。
鍋の半分ほどを小瓶に移したところで――机の上からカタンと音がした。見遣ればネズミがぶつかった小瓶が倒れて中身がこぼれ、そのまま魔法薬に足を滑らせている。
これは……様子を見る絶好の機会じゃないか?
自分以外で試すのは気が引けるが、浴びてしまったものはどうしようもない。この液体がネズミにとって有害じゃないことを祈ろう。
「…………」
ネズミはわずかに動きを止めたが、すぐに何事もなく動き出した。勢いよく素材の山の中に飛び込んだかと思えば、そのまま部屋の隅へと消えていく。
およそ一分にも満たない時間の中で観察してみたものの、特に変わった様子はなかった。
やっぱり魔法薬として成功してなかったのか?
それとも、効果が出るまでに時間がかかるものなのか?
うーん、ダメだ。解らない。
失敗したならなんの問題もないけど、遅効性なら効果は知っておきたい。
とりあえず毒じゃなさそうだし、こうなればやることはひとつ――
「――飲むしかないよな」
どうせそのつもりだったんだ。
万が一のことがあっても、まぁ、誰かが気付いてくれることを願おう。
調薬鍋に残った液体を杯に全部注いで、まずは一口だけ飲んで様子を見ることにした。
「……何も起こらない、か」
喉越しはほぼ水だ。飲んだ直後から身体に異常が出ているわけでもないし、飲むだけなら問題はなさそうだな。
三十分くらいしても大丈夫そうなら、杯分は全部飲んでしまおう。
次はどんな材料を使って作ってみようかな。
魔力の放出の仕方は解ってきたし、最初よりも少し冒険してみるのもいいかもしれない。
最初の一歩が失敗だとしても、それでいいんだ。
挑戦してみたことで、魔法薬師への道が少しだけ明確に見えたんだから。
少なくとも小熊星ならそう考える。
目の前にいる太陽のような人を目指して、少しでも前進できるように考えるはずだ。
元居た世界のことを思うとしんみりする気持ちはある。
けれど、俺の背中を押してくれた人達が、今も俺を支えてくれている。
この世界でも頼もしい人が側にいるんだ。
だから大丈夫だと背筋を伸ばすと――今度は叩きつけられるように開かれた扉に思考を遮られた。




