1 黒いカンラ。
翌日、夜明けの鐘が、重く響いて朝を告げた。
昨夜、アフマドの死に二人でひとしきり泣いた後、夜遅くにヨウに送ってもらい使用人小屋に戻ってきて眠りについた佐知子は、ゆっくりと起き上がり、瞼を擦りながら辺りを見ると、
(え……)
驚いて眠気が飛んだ。
周りは皆、真っ黒いカンラに、人によっては黒いスカーフを頭から被って身支度をしていたのだ。
(え……何これ……?)
佐知子は戸惑いながら隣で同じく布団を畳み終え、黒いカンラに袖を通しているライラに声をかけた。
「ラ、ライラ、何で皆、黒いカンラ着てるの? 何かあるの? あ……一斉埋葬……だから?」
寝ぼけた頭で聞きながら、昨夜のヨウの言葉を思い出す。
「あー……サチは初めてか。軍が帰って来てお祭り騒ぎした次の日はね、戦で亡くなった人の一斉埋葬なんだよ。で、村中が喪に服すの。黒いカンラ着て、人によっては女性は黒いスカーフかぶって。仕事もお店もみんなお休みで、亡くなった人を想って静かに過ごすの……サチも戦の前に黒いカンラ買ったでしょ?」
その言葉に、店が閉まるから買っときな! と、アイシャにアドバイスされ、色々買った物の中に確かに黒いカンラがあったことを思い出す。
「あ、うん……」
「今日はそれ着て一日過ごすんだよー。知り合いが亡くなってたら葬儀にも行くんだけど……誰か亡くなった?」
ライラの言葉に昨夜のヨウの言葉、ヨウとのこと、そしてアフマドの顔を思い出し、佐知子は硬直する。
「あー……そっか。残念だったね……」
佐知子の様子を察して、気の毒そうにライラは眉を下げてほほえんだ。
「うん……」
佐知子も座ったままうつむいて、黙りこくる。
「……じゃあ、葬儀……行ってきなね」
ライラのその言葉に、佐知子は小さく頷いた。
そして布団を畳み顔を洗うと、真っ黒に染められた真新しいカンラを取り出す。
何だか異様な感じがした。広げてみても刺繍も模様も何もなく黒一色だ。買う時に葬儀で使うんだよ。と、教えられた黒いカンラ……まさかアフマドの死で使うことになるとは……と、そのカンラに袖を通す。再度、アフマドのことが頭をよぎった。
(本当に……死んじゃったのかな……)
ふと、そんなことを佐知子は思う。
何だかまだ生きているような、そんな気がしてならないのだ。
それは、まだ遺体と対面していないせいか……ヨウから死んだと聞いただけなせいか……そんなことを考えながら、浮かない気分で佐知子は黒いカンラに身を包む。
髪を梳き、何となくバラのオイルは使うのをやめた。セミロングの髪を後ろで束ねる。
そして今日は、革のサンダルではなく、黒いカンラと一緒に買ったヒールのないパンプスの様な黒い革の靴を履くので取り出した。
(これでいいのかな……)
支度が終わり、一段落して絨毯に座り朝食は……来るのかな? と、佐知子は朝食を待つ。
「あ、今日は炊事係も休みだからご飯こないよ」
すると隣に座ったライラが袋からパンとチーズを取り出しながら佐知子に言う。
「え!」
「あ~……それも知らなかったか、ちなみにお店も休みだから買えないよ。前日に今日一日の分買っとくんだよ……はい、どうぞ」
するとライラがパンとチーズを分けてくれた。
「え! いいの!? ありがとう!」
「朝だけだよー。あとはヨウ副長官にでも頼んでなんとかしなー」
ライラは言い終わるとにやにやとする。
「!」
パンをちぎろうとしていた手を止めて、ライラを見る佐知子。ライラは、ひひひ。と笑っていた。
「何でそういうこと言うの!」
「だって事実じゃーん」
二人が騒いでいると、
「二人とも、今日は静かに」
「!」
年配の女性に注意された。
「すみません……」
「ごめんなさい」
二人は謝る。
(そうか……今日は本当に真面目に喪に服すんだ……)
佐知子は静まり返っている使用人小屋を見渡す。
皆、もくもくと食事をし、し終えた者は葬儀に出かけるのか、出かける者や、黙って部屋で座っていたり、字が読めるものは読書をしていたり、会話も二言、三言で終わらす。
いつもおしゃべりが絶えない明るい使用人小屋が、今日は暗く、陰があった。
「…………」
なんとなく暗い気持ちになりながら、佐知子は黙って食事を終えた。




