4-3 差し伸べられた手。
「さーて、これからどうするかなー」
佐知子は立ち上がりスカートをはたくと、自分が出て来たおそらく何か神様を奉った建物から数メートル歩いていき、崖から下を見た。
「わぁ!」
そこからの眺めは絶景だった。
高台だと思っていたここは本当に高台だったようで、崖からは下の風景が一望できた。
雲ひとつない高い青い空に、中規模の川が流れ、その側に小さな集落がある。そして地平線まで黄土色の土や砂漠で何もない。
とりあえずあの集落に行こう。佐知子はそう思った。
「よし! じゃあ、ヨウくんの名前も決まったし、止血もしたし、あの川の側の集落に下りてお医者さん探そうか」
佐知子は振り返り意気揚々とヨウに提案する。しかし、
「だめ!」
ヨウが叫んだ。
「え……?」
佐知子は驚いてきょとんとする。
「……ぼく……あそこからきたんだ……ちがうしゅうらくにいたんだけど、あそこのしゅじんにかわれて……ぶたれて……つらくて……にげてきて……うで、きられたけど、なんとかにげてきて……だからもどったら…………ころされちゃう……」
ヨウは俯いて話す……最後は消え入りそうな声だった。
まさかあの集落でそんな事が起こっていたとは……佐知子はこの世界の残酷さを一つ知った。
「そっ……か……よっし! じゃあ、違う集落に行こう! で、二人で暮らそう? 私まだここのこと全然わかってないけど、あの集落に行けないなら違う集落に行こう! ね! なるべく急いで!」
佐知子はヨウを励ます様に笑顔で楽観的に言う。
本音はどこに違う集落があるのかなんて分からない当てのない旅をするのは不安だ。
ヨウの傷のこともある。
でも、小さい子を不安にさせるわけにはいかない。
佐知子は無理をして明るく振舞った。
「…………でも……」
しかし、ヨウはもにょもにょと膝の上で手を動かし動けないでいた。
ヨウは物心ついた時からずっと奴隷で生きてきた。
そのせいで自分の道を自分で決めるという事が上手く出来ずに育ってしまった。
買われた場所に行き、そこで言われた通りに働き、出された物を食べ、眠り、また言われた通りに働く。
それがヨウの当たり前だった。
だが今、その場を、主人の元をヨウは去ってしまった。
唯一、居られる、帰れる場所は主人の元なのだ……だが、そこには戻れない……戻りたくない……でも………どうしたら……ヨウはそんなことを考えていた。
すると、
「ヨウくん! 一緒に行こう!」
「…………」
白い太陽に照らされて、青い空を背にしながら、見慣れないセーラー服に紺のハイソックス、ローファーという格好の少女は、ヨウに明るく微笑みかけ手を差し伸べていた……。
そんな佐知子の姿は、ヨウにとって、とても輝かしいものだった。




