15 誰だってつらい。
そしてそれは休憩が終わってからほどなくの頃だった。
看護部屋の中で佐知子がお湯の入った水瓶を持って歩いていると、遠くから何か低い一定のリズム音が聞こえてきた。
(あ……)
佐知子は顔を上げる。
その低い音は徐々に大きくなっていく。あわてて広い看護部屋の中にいるはずのメリルを探した。そして見つけると、向こうも探していたらしく目があった、そしてお互い頷くと、佐知子はお湯を急いで治療現場へ持っていく。そして、
「すみません、私、ちょっと別の用があるので離れますね」
と、内心どきどきとしながら言う。
「え? あ、そうなの? わかったわ」
すると、手前の看護婦はあっさりとそう返してきたので、ほっとし、水瓶を預けると、足早に看護部屋を後にする。
「サチ! 行こう!」
「はい! メリルさん!」
看護部屋の入口でメリルが待っていたので、二人は病院の入口へとかけ足で向かった。
そして、重い鉄の扉を開け、病院の入口から外へ出ると……
「うわっ……」
「あ~、もうこんなに進んじゃったか……」
ドン! ドン! と一定のリズムで鳴り響く、体の芯に響く太鼓の音。そして、ピーピー! とあちこちから鳴る指笛。そして、民衆の様々な言葉が混ざりあった大歓声。舞う色とりどりの布吹雪、花……そして、病院の前の広場を進み、開け放たれた軍用地の門の中へとぞろぞろと入って行く馬に乗ったぼろぼろの兵士たち……その隊列の両脇にいる大勢の民衆……。
病院の扉を開くと、そんな光景が目の前に飛び込んできた。
華やかでにぎやかな光景……しかし、兵士を改めて見ると、遠くてあまりよく見えないが、皆、布や綿で出来た防具が破れて半壊だったり、包帯を巻いていたりと、ぼろぼろだった。
それでも顔は笑顔で、誇らしげに民衆に手を振っている。
「私の彼は下級の兵士だから後ろの方だけど、ヨウ副長官は一番前だからもう門の中だね……とりあえず、全員中に入るまで待ったほうがいいね。待ってよ」
「あ、はい……」
メリルはそう言った後、一段高くなった病院の入口から、隊列を見て必死に彼を探していた。
「…………」
邪魔しちゃいけないと思い、佐知子は黙って、ただ、パレードを見つめる。
(顔がわかれば手伝えるんだけどな……)
そんなことを思いながら、にぎやかなパレードを見つめていると、
「あ! いた!」
「え!」
しばらくして、隊列をじっと見つめていたメリルが小さく声をあげた。
「アイヤール! アイヤールーー!」
メリルは大きく叫びながら、必死に手を振る。
佐知子は隊列を見た。どこにいるかはわからないし、メリルの声がこの大歓声の中、届くのかもわからない。だが、メリルがひたすらに、精一杯の大声で、叫び、手を振っていると、隊列の中で一人の褐色肌の体格の良い、短髪の黒髪で、四角い厳つい顔をした男性がこちらを向いた。
「アイヤールーー!」
メリルが涙目で叫び、手を振ると、彼は気づいたようで、とても嬉しそうなほほえみで、手を挙げ、大きく振った。
「アイヤール! アイヤール……いた……生きてた……無事に……帰ってきた……生きて……た……っく……ひっく……うっ……」
メリルは涙目だった瞳から涙をこぼし、両手を握り口元にあて、その場に泣き崩れた……。
「あ……」
佐知子は呆然とする。
今まで、あれだけ元気でやさしかったメリルが、彼の元気な姿を見て……泣き崩れてしまった……。
自分が不安な時に、茶化して不安を誤魔化してくれたり、ここに来られたのもメリルのおかげだ。そうやって、いつも自分のことを気にかけてやさしくしてくれて、元気だったメリルが……。
(元気だったけど……そうだよね……恋人が戦場行ってたんだもん……誰だって……どんな人だって、つらいし悲しいし、不安だったよね……)
佐知子の瞳にも涙があふれてきた。
「メリルさん……よかったですね……」
そういいながら、泣き崩れて、しゃがみこんだメリルの背中に手を当てる。
「うん……うん……よかった……本当に……よかった……」
メリルはしゃくりあげながら、涙声で答える。
「…………」
そんなメリルを見て、佐知子も思う。
早くヨウに会いたい……会って無事を確認したい……と。




