14 メリルと婦長のやさしさ。
それからは、溜息ばかりがもれた。
不安で胸が重くなる中、それでも仕事はしっかりしなきゃと腹に力を入れ、佐知子は仕事をこなした。
幸いにも、翌日が軍の帰還だったので、佐知子は半日だけ不安なまま仕事をこなし、夜は不安にかられながらも、無事を祈り、早めに床に就いた。
(明日帰ってくる……きっと……きっと無事に……帰ってくる……)
不安を誤魔化すように自分に言い聞かせて、佐知子は目をつむって、そんな不安な中でも肉体的疲労でやってくる睡魔に身をまかせ、眠りに落ちた……。
翌日は夜明けの鐘が鳴る前に目が覚めた。上体を起こし、まだ暗く、皆が寝ている小屋の中を見ながら、ぼんやりとする。
(今日……帰ってくるんだ……)
そして、ガランガランと、大きな鐘の音が鳴った。
その日もいつも通り、看護係の仕事はある。
「パレード、だいたい午前中だって~」
「えー、じゃあ見れないじゃん」
休憩中、佐知子は同じ看護係の女性たちが話しているのを耳にした。どこからそんな情報を仕入れてくるのかと、佐知子には不思議でならないが、その話を聞いて、午前中じゃ、仕事でパレードは見れないな……と、思う。
(いや、パレードを見たいわけじゃないんだけどね……)
佐知子は熱いシャイをすすった。
ヨウが無事かどうか……ヨウの姿を確認したいだけなのだ……。
そう思っていた時、
「サチ、サチ」
「?」
メリルが入口の布を少しめくり、廊下から自分を呼んでいることに気づいた。佐知子は立ち上がり、近づく。
「サンダル履いて、ちょっと一緒にきて」
「え?」
「早く!」
メリルは佐知子を急かした。佐知子はあわてて革のサンダルを履くと、廊下に出る。するとメリルは佐知子の手を取り、駆け出した。
「え! ど、どこに行くんですか? メリルさん!!」
メリルは答えずに佐知子の手を掴んだまま、そのままどこかへと駆けて行った。
着いた場所は、看護部屋で働いている看護婦長のところだった。
「あの! 婦長さん!」
メリルが少しきつい性格の、年配の細身の婦長に話しかける。
「え! 何!?」
婦長は忙しそうに振り返った。
「あの! 私たち、軍に彼がいて……その……仕事があるんですけど! 軍が帰還したら出迎えたいので、仕事抜け出してもいいでしょうか! お願いします!!」
メリルが頭を下げる。佐知子はメリルの言葉に驚いて少し目を見開く。
いきなり連れてこられ、婦長のところに来たかと思えば、思いもしないお願いをしている。だが……これは、佐知子も出来ればお願いしたいことだ……。
「お、お願いします!」
佐知子も頭を下げた。婦長はため息を一つ、つく。
「……しかたないわね、ほかの人には秘密よ」
「!」
二人は頭を上げる。顔は驚きに満ちていた。
「二人とも……彼、無事に帰ってくるといいわね」
そしてほんの少し婦長はやさしい笑みを浮かべた。
「ありがとうございます!!」
メリルと佐知子は思わず声が合わさった。
「やったー! やった!! やった!! パレード行ける! お願いしてみてよかった~!」
「メリルさん!! ありがとうございます!!」
廊下に戻ると、二人は手を握り合い、跳ねて喜びを分かちあった。
「パレードはじまったら、多分、太鼓の音が聞こえて騒がしくなるからわかると思うから、そしたら用があるんでって、出るんだよ。ちゃんとヨウ副長官、探しに行くんだからね? わかった?」
メリルはめずらしく真剣な顔をして顔を近づけ、手を握ったまま佐知子に言う。
「は、はい!」
「よっし! じゃあ、休憩室戻ろうか!」
「あ、」
佐知子は先を行くメリルの背中に声をかける。
「メリルさんも! 彼氏さん見つけ出してくださいね!」
その言葉に、メリルは振り返り、にっこりとほほえんだ。
「うん!」




