8 看護係の覚悟。
その日は、佐知子は看護婦に呼ばれることはなく、一日を終えた。
しかし次の日から、定期的に戦線離脱した負傷兵は運ばれ続け、次々と包帯を作っていた使用人は呼ばれ、メリルも呼ばれ、ついには未経験の佐知子と、最初に呼ばれ、入れ替わりで休憩していたサリーマだけになっていた。
サリーマは長い黒髪を後頭部でアップにした褐色肌の、切れ長の黒い瞳の少しきつい印象の二十代後半か、三十代前半の女性だ。サバサバしているともいう。
疲れた表情をしながらシャイを飲んで、重いため息をついている。
そんなサリーマをちらりと見ながら、佐知子は一人手を動かし、包帯を作っていた。包帯もあれだけあったのに、結構、減ってきている……。
そしてついにその時は来た。
またもや負傷兵を乗せた馬車が着いたのか、病院の入口がバタバタと騒がしい。佐知子は開け放たれた扉の先から聞こえる、もう聞き慣れたせわしない足音や、男性のうめき声を聞きつつ手を動かしていた。すると、
「さーてと、お呼びがかかるかね。サチも今度は声かかるかもしれないから、準備しときなよ」
と、サリーマがシャイのグラスを置き、佐知子に声をかけた。
「え! あ、は、はい!」
突然のことに動揺しながらも、手を止め、途中の包帯をかたし、服装をチェックする。そこへ、
「あ、あなたたち二人とも! きて!」
「!」
見えにくいが茶色のエプロンに血を付けた、黒髪にアフリカ系の、ふっくらとした看護婦がかけ足で来て、布をめくり二人を見つけると、声をかけた。
いよいよ佐知子にもお声がかかった。
「はーい……」
サリーマがしかたなしげに腰をあげる。佐知子は勢いよく立ち上がった。そして、入口の絨毯の終わり目で革のサンダルを履き、看護婦の後に続くサリーマの後について行く。
(……呼ばれた……ついに呼ばれた! どうしよう……でも……やるしかない!)
手を腹部の前で握りながら歩いていた佐知子は、ぎゅっと強く握り直すと、覚悟を決め、前を向いた。




