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神様の外交官  作者: 山下小枝子
第一部 第六章

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5 戦を止めたい。

「はぁ……はぁ……」


 息を切らせて病院の入口から広場に出ると、広場は人でごった返していた。


 字が読める人は新聞を読めるが、読めない人はこの読み上げを聞くしかない。それに読める人も興味本位で聞きにきていたりする。


 役場の前に置かれた特設の台に向かって、小さいながらもその広場いっぱいに人が集まっていた。


 商売の心配で戦況を心配する人。

 今、戦場で戦っている大切な夫、息子、兄弟、恋人……の身を案じて戦況を心配する人……。


 さまざまな人がさまざまな理由でお立ち台の上に上った男性を見つめていた。



『第一回戦況報告! 本日早朝! ナジャーク川にてミズィル軍と我がアスワド軍が交戦! 敵、兵力五千! 我が軍二千の劣勢にも関わらず奮闘! 優勢のまま第一次交戦終了!』


 その言葉に、広場に、わぁ! と大きな歓声があがった。


「やった! やったね!」


 さきほど声をかけてくれた、軍に恋人を持つ栗毛のメリルが隣にいて、手をつかまれる。


「あ……はい」


 佐知子はそう答えながらも素直に喜べないでいた。


 優勢のまま一回目の交戦は終えても、ヨウが無事なのか、怪我をしていないのかはわからない。


 それに第一次交戦終了ということは、次の交戦もあるようだ……。優勢なのは嬉しいが、不安は消えなかった。むしろ戦の話を聞いたせいで、不安で憂鬱な気持ちが戻ってきてしまった……。


 読み上げが終わると、広場の人々はそれぞれの生活へ戻っていく。佐知子たちも休憩室へ、作業へと戻った。



「いやー、うちの軍は強いねー」

「うちの男たちはやるねー!」


 休憩室では、手を動かしながら、皆、きゃっきゃっとわき、嬉しそうに話をしている。佐知子をのぞいて……。


「まぁ、なんてったって黄長官とヨウ副長官がいるからねー。強いし士気も高まるでしょ!」

「たしかにねー」


 女性たちは、うんうん。と、うなずく。


「ヨウ副長官といえば……」


 皆は、うつむいて黙って手を動かしている佐知子を見る。


「サチ~? 実際のところ、ヨウ副長官とはどうなのー?」


 メリルがドンッと、肩をぶつけて聞いてきた。


「へ! え?」


 佐知子は話半分に聞いていたので、急にふられた話題にあわてる。


「最初のころ、なんか昔の恩人とかいってたけど~。な~んか昔の恩人だけとは思えないよ~? 見送りにも行ったんでしょー? あんだけ女よせつけなかったヨウ副長官が見送りさせるってねぇ~?」


 皆、ニヤニヤとしながら手をとめ、佐知子を見ている。佐知子は顔が赤くなるのを感じた。


「いや……別に何も……ほんとに……」


 本当に何もないのだからそういうしかない。


 本当の……小さい頃助けた話など言えるわけもなし。


「サチはなにもなくてもヨウ副長官はベタ惚れだよねー?」


 一人の女性がそういうと、うんうん。と全員がうなずく。


「いいなー! 副長官ゲットかー! 副長官だよ! 高官ゲットだよー!」


 ヒュー! と休憩室が盛り上がる。


「ちょ、いや、そんなんじゃないんで!」


 佐知子はあわてて手を横にふる。


「まぁ……早く無事に帰ってきてくれるといいね」


 あわてる佐知子に女性たちはあたたかいほほえみを向ける。


「え……」


 佐知子は黙ってしまう。そして察した。さきほどから自分が暗く黙ってるから、話題をふって茶化しくれたのだろうと……。


 皆、知っているのだ。大切な人が遠くへ行ってしまうつらさを……。


「……はい」


 佐知子は少しうつむいて、少し泣きそうになりがらほほえんだ。

 皆はまた明るい調子で作業に戻る。


 佐知子はうつむいた拍子に視界に入った、ずっとあるけど忘れていた、外れない左手首にはまったままの、青い石の綺麗な腕輪を見つめた。そしてその青い石をそっとさする……。


 佐知子はここに来る前の神様の言葉を思い出した。大戦争を回避してほしいというあの言葉を……。


(大戦争起こったら……ヨウも……セロさんも、この村の人たちもみんな死んじゃうのかな……人類の大半が死んじゃうとかいってたし……)


 佐知子は思う……それは阻止したい。しかし今はそれよりも目先の戦争……この村の戦を阻止したい。


 けれど……自分に何ができるだろう……こんなただの十代の女子高生が……使用人が……ハーシムでさえ阻止できないことを……。


 佐知子は正面にある、開け放たれた窓の外に見える、今日も変わらず高く青い空を見上げた……。


(神様……私はどうしたらいいんでしょうか……)

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