2 待ってくれない現実と覚悟。
白い漆喰の壁に絨毯の敷かれた病院の一室に、使用人小屋に住む約十五人の女性が座って説明を待っていた。
「待たせて、ごめんねー」
開けっ放しの扉から現れたのは、カーシャだった。
ドレッドヘアを揺らし、今日も動きやすそうなエンジ色のVネックのシャツに、白いスラッとしたズボンを履いている。
「それじゃあ、説明はじめるよ!」
集まった使用人たちを見渡してカーシャは話をはじめる。途中、佐知子を見つけると、少しほほえんでくれた。
「もうやったことある人もいるかもしれないけど聞いてね。これから通常の仕事はなし。看護係の仕事に専念してもらうよ。給金は通常通り。きつくてつらいのに悪いね」
カーシャは手に持っている目の粗い紙……『パピス』と呼ばれる植物の繊維でできた紙に書かれた文字を読む。
「で、まずは……」
看護係がすることは、まずは倉庫になっている負傷兵の看護部屋を準備することだった。そのあとは絨毯、布団、治療器具、包帯などの準備。
基本的に看護婦の手伝いの仕事なので治療には携わらず、お湯を沸かしたり、包帯を作ったり、道具を洗ったり、物を運んだりすることらしい。
佐知子はその言葉を聞いてほっとする。しかし、
「最後に。はじめて看護係になる人もいるかもしれないから言っておくよ」
カーシャがパピスから顔を上げ、怖いくらい真剣な顔をしたので、佐知子は息を止め、真顔でカーシャを見た。
「看護係は負傷した兵士の世話をする。だから、血を見る。肉も、骨も、汚物も。そして、人の死もだ。つらい仕事になるかと思うけど、すまないが覚悟を決めて、負傷した兵士のために、しっかりと働いて欲しい」
「…………」
カーシャのその言葉に、佐知子は呆然とする。
「以上で説明は終わり! じゃあ、仕事よろしく!」
カーシャはそう言い終わると、颯爽と部屋を去っていった。
ほかの使用人たちも少し暗い面持ちではあるが、やれやれという風に立ち上がる。
佐知子は体育座りのまま、最後のカーシャの言葉を頭の中で反芻させていた。
人の血、肉、汚物、死。
それらをこれから目のあたりにしなくてはならない……。
(そう……だよね……怪我して帰ってくるわけだから……その看護係なんだから……剣とかで切られて血が出てたり、内臓とか、寝たきりだし……)
佐知子の顔が歪んだ。
自分に出来るだろうか。倒れたりしないだろうか。
不安が襲ってきた。
しかし、無情にも時は待ってくれない。皆が部屋を出て行くので、慌てて部屋から出なくてはいけないし、倉庫になっている病院の大きな部屋を片付けはじめたので、指示を受け、片付けなくてはいけない……。
気づけば心の整理がつかないまま、日が暮れ、負傷兵の看護部屋の掃除が終わっていた。




