1 看護係。
そのまま、声を殺して泣いていた佐知子だが、いつまでも泣いてはいられないと顔を上げ、涙で濡れた頬をぬぐい、立ち上がった。
他の見送っていた人たちも、ちらほらとその場を去っていく。
いつまでも感傷に浸って立ち尽くしているわけにはいかないのだ。自分たちには自分たちの生活がある。時は過ぎていく。
佐知子は使用人小屋に戻ると、新品のカンラを脱ぎ、いつも着ているカンラに着替え、水場で顔を洗った。
ほてった目元に冷たい水が気持ちよかった。
そしてその後、仕事もなく、勉強会もなく、とくにやることもない佐知子は、使用人小屋でぼうっとしていた。
(何かここにいると実感わかないなぁ……)
畳んだ布団に寄りかかりながら、佐知子はぼんやりとそんなことを思う。
ヨウはもうこの村にはいない。だが、軍用地を探せばまだいるような、ヨウの部屋に行けば会えるような、セロの部屋に行けばひょっこりお茶を持ってやってきそうな、そんな気がするのだ……。
行ってしまった悲しさもあるが、まだいるような感覚もある……そんなことをぼんやりと考えていると……
「失礼します」
小屋の入口の布越しに、男の人の声がした。一声かけて布をめくり入ってきたのは、真っ白いパリッとしたカンラを着た、茶色い短髪の白人の男性だった。国事部の人だと、佐知子にも、もうわかった。
「失礼します。国事部の者です。これからお名前を読み上げるかたは、終戦まで負傷兵の看護係に就いてもらいます。これから説明と仕事がありますのでいつも使っている仕事着に着替えて病院に向かって下さい」
その言葉に佐知子はぎょっとする。
(え? 負傷兵の看護係って……そんなの私できないよ!? 看護師でもないのに……)
まさか、呼ばれないよね……と、思っていると、次々に名前が呼ばれ……
「タカハシサチコ様」
(呼ばれた!)
佐知子は瞳を見開く。そして、どうしよう……と、戸惑っていると、呼ばれた他の使用人たちは、次々にやれやれ。という風に立ち上がり、支度をはじめた。
「……以上の方々が看護係になります。よろしくお願いいたします。何かご質問は」
その言葉に、誰も何も返さない。
「ないようでしたら、私は失礼します」
国事部の男性はそういうと、颯爽と去っていた。
「あ~~、看護係かー」
「がんばんな……」
佐知子が呆然と座っていると、近くの女性がげんなりした様子で仕事着に着替えながらぼやく、指名されなかった女性が励ましの言葉を送っていた。
「また、あの地獄を見るのか……」
「まぁ、順番だよ」
(地獄……?)
思わず女性たちのほうを見ながら、佐知子は会話の内容に疑問を抱く。
しかし、その女性や他の指名された女性たちが次々に着替えているのに気づき、佐知子もあわてて立ち上がり着替えをはじめた。
動揺している場合ではない。状況は待ってはくれないのだ。
そして炊事場で働く時に着ている、半袖の薄い赤い色のシャツに、少しゆったりとした裾のしまった茶色のズボンに着替え終えると、手にクリーム色のスカーフを握り、ぞろぞろと病院へと向かう他の女性たちの後について使用人小屋をあとにした。




