16 戦争をするということ。
その殺伐とした光景は、死を予感させる物悲しいものだった。ヨウはここから向こうへ行ってしまう……佐知子はヨウへ向き直った。
「…………」
防具を着たヨウは、少し動きにくそうだった。分厚い生地の防具を着て、もこもことしている。日中は暑くて大変そうだな……と、思う。
何を言おう……佐知子は顔をうつむかせ、考える。たくさん言いたいことはある。
顔をあげた。
「無事に、帰ってきてね……」
「ああ……」
ヨウはじっと佐知子の瞳を見つめたまま、いつもの無表情ともとれる真顔で答えた。
「怪我……あんまりしないように……頑張って……」
「ああ……」
佐知子はうつむく。
「…………」
もっと話したい、言いたいことはあるのに、言葉が出てこない。これで会えるのは最後かもしれない、死んでしまうかもしれない……本当は顔をじっと見つめたい。瞳を見つめたい。手を握りたい。肌に触れたい。抱きつきたい。佐知子は瞬時にそう思った。
ヨウの姿を、ぬくもりを、記憶にとどめたかった……。
でも、そんなことできるはずがない。
しかし、最後になるかもしれないのだ。
サチコはすうっと少し大きく息を吸い、息をとめ、ぐっと体に力をいれた。
そして顔をあげる。
ヨウの顔を見た。
端正な顔。涙が出そうになる。なんとかこらえ、じっと瞳を見つめた。深緑の綺麗な瞳だった。
「ヨウ、手出して!」
顔を見つめたまま、涙目で、少し大きな声で佐知子はいった。
「?」
ヨウは防具をしていない左手を差し出した。
佐知子はその手を両手でぎゅっと握った。
「!」
ヨウは驚いて、少し体をビクリと動かした。
ヨウの手は、この世界に来た初日と同じで、少し肌がざらりとしていて、ゴツゴツとしていて、とても大きな手だった。
そのまま約十秒ほど、ぎゅっと握り、ヨウの手を見つめ、肌の感触を、ぬくもりを、記憶する……。
(よっし! もう大丈夫だ!)
そして、しっかり記憶に焼き付けると、佐知子は心の中でそうつぶやき、パッと手を離した。
そして、ヨウの手を見つめていてさげていた顔をパッとあげ、にっこりとほほえむ。
「ちゃんと無事に帰ってきてね! いってらっしゃい!」
「…………」
ヨウは瞳を見開いた。
そして、ふっとほほえむ。
「ああ……いってきます……」
すると、ドン! ドン! と、大きな太鼓の音が鳴った。出陣の合図である。
ここは危ないから、門まで戻れ。と、ヨウにいわれ、佐知子は何度も振り返り、手を振りながら、門の前まで戻ると、他の大勢の見送りの人たちと一緒に、出陣する軍人たちを見送った。
ずらりと並んだ馬の隊列が、いっせいに歩きだし、土煙をあげ綺麗な隊列を組んだまま、徐々にはなれていく……そして、見えなくなった。
ガランとした門前には、残された者たちが立ち尽くす。ちらほらと、どこからかすすり泣く声が聞こえてきた。
佐知子の瞳からも、涙がこぼれた。
これが、戦争の別れ。
帰ってくるかわからない不安を抱え、見送る。
(つらい、悲しい、怖い、嫌だ……)
佐知子は体にあふれだす感情と涙と嗚咽をこらえるために、その場にしゃがみこみ、ひざをかかえ、顔をふせて、声を殺して泣いた。
(戦争はダメだ……こんなの……ダメだ……)
佐知子は痛切に、身を持ってそう思ったのだった……。




