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神様の外交官  作者: 山下小枝子
第一部 第五章

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16 戦争をするということ。

 その殺伐とした光景は、死を予感させる物悲しいものだった。ヨウはここから向こうへ行ってしまう……佐知子はヨウへ向き直った。


「…………」


 防具を着たヨウは、少し動きにくそうだった。分厚い生地の防具を着て、もこもことしている。日中は暑くて大変そうだな……と、思う。


 何を言おう……佐知子は顔をうつむかせ、考える。たくさん言いたいことはある。


 顔をあげた。



「無事に、帰ってきてね……」

「ああ……」


 ヨウはじっと佐知子の瞳を見つめたまま、いつもの無表情ともとれる真顔で答えた。


「怪我……あんまりしないように……頑張って……」

「ああ……」


 佐知子はうつむく。


「…………」


 もっと話したい、言いたいことはあるのに、言葉が出てこない。これで会えるのは最後かもしれない、死んでしまうかもしれない……本当は顔をじっと見つめたい。瞳を見つめたい。手を握りたい。肌に触れたい。抱きつきたい。佐知子は瞬時にそう思った。


 ヨウの姿を、ぬくもりを、記憶にとどめたかった……。


 でも、そんなことできるはずがない。

 しかし、最後になるかもしれないのだ。


 サチコはすうっと少し大きく息を吸い、息をとめ、ぐっと体に力をいれた。

 そして顔をあげる。


 ヨウの顔を見た。


 端正な顔。涙が出そうになる。なんとかこらえ、じっと瞳を見つめた。深緑の綺麗な瞳だった。


「ヨウ、手出して!」


 顔を見つめたまま、涙目で、少し大きな声で佐知子はいった。


「?」


 ヨウは防具をしていない左手を差し出した。

 佐知子はその手を両手でぎゅっと握った。


「!」


 ヨウは驚いて、少し体をビクリと動かした。


 ヨウの手は、この世界に来た初日と同じで、少し肌がざらりとしていて、ゴツゴツとしていて、とても大きな手だった。


 そのまま約十秒ほど、ぎゅっと握り、ヨウの手を見つめ、肌の感触を、ぬくもりを、記憶する……。


(よっし! もう大丈夫だ!)


 そして、しっかり記憶に焼き付けると、佐知子は心の中でそうつぶやき、パッと手を離した。

 そして、ヨウの手を見つめていてさげていた顔をパッとあげ、にっこりとほほえむ。


「ちゃんと無事に帰ってきてね! いってらっしゃい!」

「…………」


 ヨウは瞳を見開いた。

 そして、ふっとほほえむ。


「ああ……いってきます……」


 すると、ドン! ドン! と、大きな太鼓の音が鳴った。出陣の合図である。


 ここは危ないから、門まで戻れ。と、ヨウにいわれ、佐知子は何度も振り返り、手を振りながら、門の前まで戻ると、他の大勢の見送りの人たちと一緒に、出陣する軍人たちを見送った。


 ずらりと並んだ馬の隊列が、いっせいに歩きだし、土煙をあげ綺麗な隊列を組んだまま、徐々にはなれていく……そして、見えなくなった。


 ガランとした門前には、残された者たちが立ち尽くす。ちらほらと、どこからかすすり泣く声が聞こえてきた。


 佐知子の瞳からも、涙がこぼれた。



 これが、戦争の別れ。



 帰ってくるかわからない不安を抱え、見送る。


(つらい、悲しい、怖い、嫌だ……)


 佐知子は体にあふれだす感情と涙と嗚咽をこらえるために、その場にしゃがみこみ、ひざをかかえ、顔をふせて、声を殺して泣いた。



(戦争はダメだ……こんなの……ダメだ……)



 佐知子は痛切に、身を持ってそう思ったのだった……。


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