10 込み上げてきた涙。
セロと会話したり、黙ったりしながら勉強していると、あっという間に二十分が経ち、休憩時間になった。
ヨウは、来ない。
(来ない、か……)
アズラク語の勉強道具を片付けながら、心の中でポツリとつぶやいて、うつむき、少し暗い面持ちになる佐知子。
「……っ――」
そんな様子の佐知子に、セロが声をかけようとした時だった、コンコンと、少し大きく早いノックの音とともに、ガチャと乱暴に扉が開かれた。
「悪い! 少し遅れた!」
そして、少しあわてた様子のヨウが部屋へと入ってきた。
「!」
突然に、もう来ないと思っていた、会いたいと思っていた人が現れて、佐知子は言葉をなくし、瞳を見開き、その姿を見つめる。
「……なんだー、ヨウ来たんだー。今日、来られないのかと思ったよ」
セロも少し驚いて、一拍置いた後、いつも通りの調子で、話しかける。
「あ? ああ、まぁ、ちょっと大変だったが、なんとかな……当分、来られなくなりそうだったから……」
ヨウは扉を閉め、ふうっと息をつく。
「あー、やっぱりか。忙しくなってきた?」
「ああ……まぁな」
ヨウは、ティーセットの携帯器をテーブルの上へとのせながら、セロと会話をする。
「…………」
佐知子はヨウを見る。
ヨウは、いつもと変わらないヨウだった。
黒髪で、濃い緑の瞳。褐色肌で、背が高くて、鍛えられた逞しい体。
泣きそうだった。
ヨウの姿を見ただけで、そこでしゃべって、動いているのを見ただけで、涙がこみあげてきた。
「っ……」
佐知子は泣きそうになるのをうつむいて、ぐっとこらえる。
「…………」
そんな佐知子を見て、セロは瞳を伏せ、少しほほえみながら立ち上がる。
「さってと。それじゃあ、俺はちょっと用事があるから、でかけてくるよ。少ししたら戻ってくるからね」
「あ? ああ……」
ヨウは少しいぶかしげに返事をする。
「じゃあね~」
セロはひらひらと手をふり行ってしまった。
「なんだろうな……あいつ……」
パタンと、扉が閉まると、ヨウは佐知子に顔を向けながら話しかける。
「!」
しかし、佐知子を見て、ぎょっとする。体を硬直させ、思わず半歩後ろに下がった。
「っ……うっ……ひっく……ひっく……」
佐知子が泣いていたからである。




