9 この気持ちは?
それでも、セロと話しながら勉強していると、佐知子は少し気が晴れた。気が紛れたというほうが正しいかもしれない。
しかし、終始ふと頭によぎるヨウのこと、兵士のみんなが死ぬかも知れないということ。そのことがよぎるたびに、心が重く泣きそうになる。
「…………」
佐知子はアズラク語を習うようになってから使いだした、この村で使われている、葦で出来た『カム』という筆記用具の手を止め、暗い面持ちでつい黙り込んでしまう。
「…………」
そんな佐知子を見て、セロは、今日はダメかな。と、一人軽くほほえむ。
再度、気を持ち直し、カムを走らせながら、佐知子はふと、今、何時だろうかと気になった。今日、ヨウはお茶を持ってくるのだろうか……会えるのだろうか……会いたい……と、思った。
しかし、そこで真顔になる。
(ちょ……これじゃあ、私、ヨウのこと好きみたいじゃない……!!)
佐知子は勉強用の漆喰を塗った板に、ずるずると顔を突っ伏した。
(ちょっと待って、ちょっと待って!)
佐知子は昨夜からのことを思い返す。
よく考えてみれば、昨夜から、戦があると知ってから、ヨウに会いたい会いたいとおかしい。顔が熱くなるのを感じた。ひんやりとした漆喰に顔をつけながら佐知子は考える。
(え……私……ヨウのこと……好き……なの?)
心の中でつぶやいただけで、叫び出したくなるくらい恥ずかしかった。
(待って、待って……! いや、会いたいけど……! なんていうか……ほら、戦の前で、死ぬか生きるかで……命の瀬戸際だから、会いたくなるのは当然でしょ!?)
そうだそうだ。と、結論づけると、佐知子は、ほっとして、息を吐き出し、顔を上げた。
「……サッちゃん、大丈夫?」
「へ!?」
セロに声をかけられ、佐知子はあわててセロを見る。
「休憩にする?」
不可解な行動をする佐知子に、セロは少し困った顔をしながら気を使ってくれる。
「い、いや! 大丈夫です!! あ、でも今、何時ですか? ……今日、ヨウ、来ますかね?」
佐知子が問うと、セロはポケットから懐中時計を取り出し、時間を見た。
「んーと、あと、二十分くらいでいつもの休憩時間だよ。ヨウは来るかなー? 忙しいだろうしね」
「そうですよね……しばらく三人でお茶できなくなるだろうから、来るといいんですけど……」
佐知子は少し悲しそうに笑った。
そして、まぁ、あと二十分だからやっちゃおう。というセロの言葉に同意し、再度、気合を入れ直して、勉強に取り掛かったのだった。




