6 戦争というもの。
アイシャと別れ、軍用地に戻ってくると、門に入るなりバタバタと人が行き交い、あわただしい、少し殺気立った雰囲気に満ちていた。
佐知子は邪魔にならないよう、隅のほうを歩きながら使用人小屋へと戻る。
「あ、おかえりー」
「ただいま……」
使用人小屋へ帰ると、非番のライラが敷物の上に座りながら迎えてくれた。
「戦、はじまるみたいだねー」
ライラがボスンと布団に寄りかかりながらあっさりという。
「え!」
屈んで荷物を降ろしていた佐知子は大声を出してしまう。
「え……」
ライラは大声に驚く。
「あ、ごめん。いや……え? 戦? はじまる……の?」
内心、動揺しながらも、表面上は逆に言葉はゆっくりと、動作は緩慢になる。
ゆっくりと座りながら、佐知子はライラに聞いた。
「うーん……まぁ、まだ噂だけどね。ほら、急にここバタバタしはじめたでしょ? それに兵士たちが話してるの聞いたって、使用人同士の噂。まぁ、大丈夫だよ。この間もあったし、また戦場はここからはなれてるでしょ」
「…………」
その言葉に佐知子は唖然とする。
(この間もあった? 戦場はここからはなれてるから大丈夫? この間もあったの? え? この間っていつ?)
パニックになりそうだった。
ここの人たちは戦慣れしているようだった……戦が身近にあるようだった……。
この世界に来た初日、ハーシムたちの前に連れて行かれた時の言葉を、佐知子はハッと思い出した。
『今、この村も戦ばかりだし……』
確かヨウがそんなことをいっていた気がする……。
自分は戦と戦の、平和な間にするりと来て過ごしていたようだ……佐知子は愕然とした。
「サチ? 大丈夫?」
「!」
ライラに声をかけられハッとする。
「あ……うん」
「大丈夫、大丈夫。またちょっと小競り合いしてすぐおわるよ。相手も本気じゃないし」
その言葉に疑問を抱く。
「本気じゃないって?」
「ん? あー……まぁ、相手もアズラク帝国の中央政府から、やれっていわれてしかたなくやってる感じなんだよ。こんな辺境の小さな村、必死に攻めて手にいれてもしかたないじゃん? だから毎回、適度に戦ってやってますよー。アピールしてる感じ。そんなの毎回繰り返してんの。定期的に。迷惑な話だよね~。ほっといてほしい」
「なにそれ」
佐知子の眉間にしわがよる。
「まぁ、しかたないよ。ここ一応、アズラク帝国領土内だし。あんな大きな国相手に独立してるほうが難しいっていうか……」
「…………」
佐知子とライラは二人して黙ってしまう。
「お兄ちゃん、大丈夫かなぁ……あ、あたし、軍にお兄ちゃんいるんだけどね。小競り合いっていっても、やっぱりそれなりに犠牲はでるからね……無事に帰ってきてくれるといいんだけど……」
ライラは少し悲しそうな表情でほほえんだ。
「…………」
そのほほえみに、佐知子は見えていなかった現実を突きつけられる。
どんな小さな戦でも、戦えば必ず犠牲者は出る。負傷ですめばいいが負傷者でさえ切られ、肉が切れ、血が出て、痛くてつらい。最悪、手や足の切断なんてこともありえる。それに……死者だって出るかもしれない。
「…………」
その時、佐知子の脳裏にヨウの顔が浮かんだ。そして次々にアフマドや黄、食堂でよく見かける人や、軍用地を歩いている時にすれ違うよく見かける兵士たちの顔が浮かんだ。
彼らが、実際に、大地に立ち、剣を持ち、敵と対峙し、切って切られ、戦うのだ……。
(死んじゃうかもしれない……)
佐知子は呆然とした。
そう、ヨウや、アフマドや黄が死ぬかもしれないのだ。
戦とは、戦争とは、そういうものなのだ――。
会いたくなった。
ヨウに会って、戦は本当にあるのか、ヨウは出陣するのか、聞きたくなった。いや、本当は会って不安をかき消したかった……。
いや、ただ、会いたかっただけなのかもしれない――。
しかし、会いには行けなかった。
戦のことを聞きに行くというで会いに行くこともできたが、忙しいだろうと思ったのもあるが、会いたいから会いにいく。ということを素直に受け入れることが、することが……なんとなく恥ずかしくて、できなかったのだ……。
その日の夜は、暗くなってもあわただしい足音を聞きながら、重い、泣きそうになる胸を抱え、佐知子はなかなか寝付けずに、夜明け近くにようやく眠りについたのだった。




