3 灰色の瞳からの感謝。
アフマドは佐知子の前に立つ。
会話は聞いていたが、いきなり目の前に現れた男性に戸惑う。しかし、アフマドは片ひざをついてしゃがんでくれた。
「はじめまして、俺はアフマド。確か、母さんと知り合いだと思うんだけど……アイシャっておばさん知ってる?」
アフマドはにっこりとほほえむ。
アフマドは近くで見ると、綺麗な顔をしていた。
ウェーブのかかった髪と、泣きぼくろのせいもあり、色っぽさを漂わせる綺麗な男性だった。
そんな色気のあるほほえみに、一瞬見惚れるが、ハッと我に返り、佐知子は返事をする。
「あ、はい! あ、アフマドさん!」
そして、アフマドという名前に聞き覚えがあることを思い出す。そう、アイシャが語った息子の名前だ。
「あ、心当たりある?」
「はい、アイシャさんの息子さんですよね?」
「そうそう、母さんが話した? よろしくね」
そういうと、アフマドは手を差し出す。
「よろしくお願いします」
やさしいほほえみに、佐知子も笑顔で手を差し出し、握手する。
「でもって、ヨウの友達でもある。な、ヨウ?」
「あ? ああ……」
そんな二人を、少しムッとしながら見ていたヨウは、いきなり話をふられ、しかも友達と堂々といわれ、照れくさく、ふいっと横を向きながら返す。
「へへへ、照れてる照れてる」
そんなヨウを見て、アフマドは、慣れてるかのように笑った。
(そういえば、小さい頃から遊んでたってアイシャさんいってたっけ……)
二人のやりとりを見ていて、セロといる時とはまた違ったヨウの様子に、佐知子はそんなことを思い出す。
「えっと……サチコちゃん、だっけ?」
「あ、はい」
アフマドに声をかけられ、アフマドの瞳を見る。佐知子は人と話す時は基本、相手の目を見て話す。
アフマドの瞳は、黒に近い灰色だった。
灰色の瞳。また不思議な色の瞳に、注意が行ってしまう。
「ありがとな、ヨウを助けてくれて」
「…………」
しかし、その言葉で、会話に注意が戻った。
「十年前も、それからもずっと、ヨウの支えになってくれて……」
アフマドは佐知子の瞳をじっと見つめて、少しほほえみながら、しかし、真剣な瞳でいった。
研究室が静まり返る。
「おかげでヨウは、こうして元気に強くたくましく育ち、いつの間にか俺なんかよりずっと偉い、立派な副長官になりましたよ」
ハハハと、アフマドは少し茶化しながらいう。そのおかげでシリアスに張りつめた研究室の空気が緩んだ。
「お前がサボったり怠けたりしすぎなんだ」
その言葉にうしろからヨウがツッコミを入れた。
「俺は、ほら、出世とかあんまり興味ないから~?」
立ち上がり、わいわいと話すアフマドとヨウ。
(……アフマドさん……いい人だな……)
普段はゆるく茶化しているが、ちゃんとするところはして、けれど自分や相手や、周りが気まずくならないように空気を読んで……この一度の会話だけでも、アフマドがどういう人なのか、少しだけわかって、佐知子はアイシャが自慢の息子だというのを納得した。そして、ヨウの友人としても……
「……私というより……アフマドさんがいたから、ヨウはここまでやってこれたんじゃないですか?」
佐知子はわいわいと話す二人を見て、ほほえましく、少し意地悪だがそんなことをいってみる。
「…………」
二人は佐知子を見て黙り込んでしまう。
「それはないな~」
「それはない……」
手をひらひらと顔の前で横にふるアフマドと、横を向き、ぶっきらぼうに言い放つヨウ。ブフッ! と、セロは吹き出した。佐知子も笑う。なんだよ! と、ヨウが少し顔を赤くしながら、またもやめずらしく少し声をあらげる。アフマドはやれやれという風に笑っていた。




