18 人の心に残ること。
するとヨウは、壁の棚をごそごそと探り、何かを取り出そうとしている。そんなヨウを見ていると、ヨウは奥から一つの木箱を持ち佐知子の側に胡坐をかいて座った。
「……これ……覚えてるか……」
そういって木箱を開ける。
ランプの薄暗い灯りで見にくいが、箱からヨウが取り出して、ようやくわかった。
「あ! あたしの制服のスカーフとタオル!」
そう、それは十年前、まだ幼かったヨウの傷を手当てした時に使った、佐知子のセーラー服の赤いスカーフと、傷口を押さえた水色の波の刺繍のあるハンドタオルだった。
しかし、スカーフはヨウの血を吸収し、十年の歳月を経て、カピカピと生地は強張り、色も赤がドス黒く変色している。
綺麗だったタオルは、どれだけ血を吸収したのか、もう水色の部分はなく、すべてがどす黒く赤いハンドタオルになっていた。刺繍だけが今も微かにまだ分かる程度だ。
「こんなの……残してたんだ」
しかも十年も……と、佐知子は思う。
「十年……大切に残してた……これが、サチコが本当にいたっていう、唯一の証だったから……」
キラキラと煌く淡い灯りの中で、ヨウは手に持ったスカーフを見つめ、どこか懐かしそうに、嬉しそうに……少しほほえんで話し始めた。
「十年前……サチコがいなくなったあと、俺は一週間くらい高熱やらなんやらで意識ないまま寝込んでたんだ……だから、ほんとにサチコの事は痛みと空腹と辛さが生み出した幻か何かかと思った。でも、これがあった……おっさんもちゃんとサチコがいたって言ってくれたし……だから、ちゃんといたんだって、俺を救ってくれて、名前をつけてくれて……本人、目の前にしていうのは……あれなんだが……本当に……幼い頃に、傷を負って逃げてきた俺を、ギドから出てきて救ってくれたサチコは…………女神に思えたんだ…………あの時は……本当にありがとう……」
ヨウは煌く薄明かりの中、顔を上げ、佐知子の瞳をじっと見つめ、柔らかく、優しく……薄くほほえんだ……。
「…………」
そんな笑みを向けられ、佐知子は瞳を見開く。そして、パッと顔を下へ向けてしまった。
顔が熱い。女神だなんていわれた恥ずかしさと、ヨウの格好良さと、雰囲気と……色々な状況が混ざりあって、きっと今、顔が赤いだろう……。
「……て、話をガキの頃に軽くおっさんにしたら、今でもからかわれる材料にされるわ、みんなに言いふらされるわ……言うんじゃなかったな」
ため息を吐きながらヨウはスカーフとハンドタオルを箱に戻す。
(ああ……だからセロさんと黄さんが女神様女神様って言ってたのか……)
佐知子は合点がいった。
「ははは。まぁ、女神様はねぇ……こんなあたしつかまえて……」
「…………俺には今でも女神様だ……」
「え?」
箱を持って立ち上がりながら小さく言ったヨウの言葉に、佐知子は聞き間違いかと思わず声を出す。ヨウはそれ以上何も言わず、黙って箱を棚に、大事に、奥深くに閉まっていた。
(またしまうんだ……)
自分が思いもよらない所で、ある人の大事な人になっていた……
自分が何気なくしたことが、ある人の心に残る大切なことになっていた……
なんだか少し罪悪感を感じる……
自分はそんな大層な事をしたつもりはなかったのだが……。
佐知子は、何がどう人の心に残るかわからないもんだなぁ……と、痛感していた。




