16 一枚の金貨に込められた想い。
「……悪いな、あいつは面白い研究対象を見つけるとああなってな……」
廊下の壁に吊るされたランプの灯りの中、ヨウが佐知子に声をかけた。
「あ! ううん! 大丈夫!! セロさんが持っててくれてたほうが安心だし」
「そうか……」
そこで佐知子は手に持った革袋を思い出す。
「あ! そうだヨウくん! これ! お金貸してくれてありがとう! ごめんね、悪いことしちゃった……助かったんだけど……でも、もう使わないから返すね! なんか大金みたいだし……私、ここのお金の価値わからないから……」
そういって革袋をヨウに差し出す。
「ああ……いや、それはいい……やる」
しかし、返ってきた言葉は驚くべきものだった。
「え! いや! 貰えないよ!! 使ったお金も数えてあるから、ちゃんと働いてお給料もらったら返すから!」
「いや、いいから……」
「よくないよ!」
ヨウは少し困った顔をしている。
「ダメ! お金の貸し借りは人間関係を壊すんだよ!」
佐知子のその言葉が決め手だったかもしれない。
「……じゃあ……わかった……」
ヨウは少し、しょぼくれた大型犬のようにしゅんとして、革袋を受けった。しかし、袋の中から金貨を一枚取り出すと、
「でも、これだけは持っていてくれ。いつ何があるかわからないから……稼いだら、返してくれればいいから……」
そういって、佐知子の手を取り、そっと手のひらにのせた。
「……わかった、ありがとう。失くさないように大切にするね」
硬貨一枚だけならと、佐知子は受け取った。
確かに突然、お金が必要になることはある、無一文では心もとない。佐知子は素直に受けることにした。
それが、アスワド村で流通している硬貨の中で一番価値のある1ディナ金貨だとも知らずに。




