3-1 見知らぬ場所。
「っは!」
息を吐いて目を開くと、そこは薄暗い暗闇だった。
「はーっ、はっー……」
佐知子は今あったこと、今の状況を把握しきれず、半ばパニックになりながら横向きに寝ていた状態から慌てて上半身を起こし、キョロキョロと周りを見た。
目が慣れてきて、そこは何か、崩れかけたレンガ作りの小さな建物だとわかった。
所々、天井のレンガが崩れて光が漏れ入って来ている。出入口らしき所からも、黒い布がかけられてはいるが、端などが破れていて、そこからも明るい夏のような強烈な光が入って来ていた。
(……ここ……どこだろ……何か凄い暑いし……)
佐知子は少し落ち着きを取り戻しながら、今度はゆっくりと三畳程くらいの、高さも這いつくばらなければ移動出来ないほど低い建物の中を見渡した。
正面に、布のかけられた出入口らしき部分がある。そして自分のすぐ目の前には、崩れかけたレンガの台の様な物の上に、干からびた果物の残骸や、少し干からびかけている緑のぶどうが置かれていた。天井は至る所が崩れ光が漏れている。そして虫や蜘蛛がいた。
「ん?」
背後に何かあることに佐知子は気づいた。振り向くとそこは窪んでいて、中には薄汚れた破れかけの掛け軸の様な物がかけられていた。書かれている文字は……読めない。アラビア文字に似ていた。
「あ、あたしのリュック……」
そして、倒れていた頭上の方に自転車の籠に入れていたオレンジ色のリュックが置いてあるのに気づき、佐知子は手に取った。
「…………」
そのリュックを抱えながらその場に座り込み、しばし呆然とする。頭部から汗が伝って来る。
(暑い……でも……なんか……さっきまでの暑さと違うな……なんか……湿気が……ない? ……ん?)
そして落ち着いてくると、あることに気づいた。
(子供の泣き声がする……)
そう、この建物の外から子供のすすり泣く声が聞こえてくるのだ。
「…………」
佐知子は悩む。
行くべきか、行かざるべきか……。
そもそもここはどこなのか。
確か自分は自転車をこいでいて、自転車とぶつかって倒れそうになって、それで腕輪が光って……水が出てきて包まれて……
『コレ、ネガイガカナウ、マホウノウデワ! ツケタラ、キットネガイゴトカナウヨ!』
「!」
そこで佐知子はハッとする。そして左手首の腕輪を見た。腕輪は確かにそこにあった。佐知子は腕輪の青い石に触れる。
腕輪から……水が出た……それは、現実には起こりえないことだ……。
願いを叶える魔法の腕輪……。
もし……もし、本当に願いを叶えてくれたのなら、ここは――。
佐知子はリュックを背負う。そしてジャリっという音を立てながら、四つん這いになって、低い天井に気をつけ、クモの巣を頭につけながら、這いつくばって一歩ずつ黒い布のかけられた出入口へと向かって行った。