11 初めてのハンム体験。
「うわっ!」
入口を入った瞬間、物凄い蒸気と蒸し暑さに包まれ、佐知子は声を上げた。
「あはは、すぐ慣れるよ。気持ちいいし」
「う、うん」
サウナだな……と、佐知子は思う。
中は石造りでとても広かった。
中央に平らな大きい大理石があり、そこに皆が寝そべったり座ったりしている。
左右の壁際にお湯の入った水受けがあり、そこから桶でお湯を浴びている人々もいた。
そして一番奥のアーチをくぐった部屋では、物凄い泡で洗われている人や、マッサージをされている人、アカスリをされている人などがいた。
「まずはお湯かけて体を温めるんだよ」
青い瞳のライラに言われ、後に続く佐知子。
お湯はぬるくもなく熱くもなく、ちょうどいい温度だった。
「はぁ……」
お湯を浴びると、気が抜けた。
今日一日の怒涛の展開で、緊張しっぱなしだった体がほぐされていく。
しばらくそこに膝をつき、佐知子はお湯をかけ続ける。
「よし、もういいかな」
ライラは次に奥の部屋へと向かう。
「洗い、おねがいしますー」
手の空いていた、恰幅のいい半袖シャツに短いズボンを履いたおばさんに石鹸とタオルを渡すライラ。
「ほら、サチも」
「う、うん」
周りを見ていればわかる。
泡で全身を包まれ、くまなく洗われるのだ。できれば自分で洗いたいのだが……と、佐知子は思いながらも、郷にはいっては郷に従え……佐知子は手の空いているおばさんに石鹸とタオルを渡した。
最初は頭からだった。
どうやったらそんなになるのかはわからないが、物凄い量の泡だった。しかも、顔に泡が落ちてくる。目をつむらないと痛い。
物凄い勢いで頭をわしゃわしゃと洗われる。しかし、痛くはなく、蒸し暑さにも慣れ、温かい部屋で、泡まみれにされながら、何だか逆に心地よくて……佐知子は少しおかしくて、にやにやとしながら、なすがままにされていた。すると、勢いよく頭上からお湯をかけられる。洗髪は終わったようだ。
「ぷはっ、ははは」
佐知子はつい笑ってしまう。
「ね? 気持ちいいでしょ?」
ライラが隣でうつぶせになり、おばさんに体を洗われていた。
「うん! 気持ちいい。最高!」
佐知子もおばさんに指示され寝転がりながら言う。
そのまま体をまた、もこもこの泡のタオルで洗われた後、二人は中央の大理石にタオルを敷いて寝転がった。石はじんわりとあたたかく、とても気持ちよかった。
「ハンム、最高だねー……」
佐知子はうとうとと、背中からじんわりと伝わるあたたかさに眠りそうになりながらつぶやく。
「仕事上がりのハンムなんてもっと最高だよ。たまに寝ちゃう時があるくらい。あ、あたしは今日、非番なんだけどね」
ライラはうつぶせになって答える。
「そっかぁ」
佐知子は目を開いた。ハンムの中は壁に据えつけられたランプで照らされ、オレンジ色で薄暗い。しかし、天井が円形になっているのはわかる。しかも、天窓がついているようだ。
昼間にきたら日差しが差し込んで、さぞ綺麗だろう、そして昼風呂。贅沢の極みだ……佐知子はそんなことを考える。
「ハンムって何時から何時までやってるの?」
「んー? そうだなぁ……二番目の鐘が鳴る頃にはやってるよ。九時くらい?」
「二番目の鐘……ここって皆、時計持ってないの?」
佐知子もうつぶせになり、隣のライラに問う。
「時計? 時計なんて金持ちと役人しか持ってないよー。みんな広場の時計見たり、学校の鐘で時間大体把握してるよ」
「……そうなんだ。鐘って、何回鳴るの?」
「んー、夜明けの鐘、朝九時の鐘、お昼十二時の鐘、午後三時の鐘、日没の鐘……かな」
ライラは指折りをして数えた。
「夜明けと日没に鳴るんだ……毎日違うよね?」
「うん、まぁ、そうだね……でも、大体みんな夜明けに起きて仕事はじめるから」
「え!」
ライラの言葉に大きな声を出してしまう。
「ごめん……夜明けから仕事するの?」
佐知子は周りに頭を下げながら、口元を押さえて聞く。
「だって、日中、暑くてなんにもできないもんー。だから、朝九時から午後三時までは……まぁ、仕事にもよるけど、大体みんな休憩だよ? 皆何にもしない。あ、お昼ご飯作る昼番の人は大変なんだけどねー。まぁ、ベテランさんしか昼番はしないから!」
大丈夫、大丈夫! というライラの励ましよりも、佐知子は違うことを気にしていた。
(九時から三時まで休憩……何もしない……暑いから……どんだけの暑さだよ……)
今日もその暑さを過ごしたはずだが、そんなに暑かったっけ? と、佐知子は思う。
「さて、もう出るか。あんまり遅いと心配するからねー」
その言葉に、佐知子も頷き、初めてのハンムを後にした。
ほてった体を脱衣所で涼んで冷ましたかったが、脱衣所は中年の女性たちが占拠しているため無理だった。
佐知子はブラジャーをつけ、パンツはしばし考えたあと、とりあえず、裏返して履くことにした。ノーパンはまだ無理だ。この問題は早急に解決しなければならないと思った。
パジャマ用の厚手のカンラを着て、外へ出る二人。あたたかいハンムから出たせいか、外は少し寒く感じた。
「寒いね」
佐知子が小さくつぶやくと、
「ここらへんは昼と夜の気温の差が激しいからね、風邪ひかないように気をつけなね」
どちらが年上かわからない言葉をかけられる。
二人は濡れたままの髪で、並んで使用人小屋へと戻ったのだった。




