15 神の使い。
朝早く起きて、反省文をまだうまく書けないアズラク語で必死に書き、昼から日没までは村人と謁見をし、夜遅くまで創造神話を写すという生活が数日たったころ、慢性的な寝不足で少し疲れの色が出てきた佐知子に、次の謁見人が入ってくる。
扉が開かれて顔を覗かせたのは……
「ライラ!」
思わず佐知子は立ち上がる。
そう、炊事係の使用人小屋で一緒だった、泣きながらお別れしたライラだったのだ。
「サチ! あ、サチコさま……」
ライラは一瞬、嬉しそうな表情で駆け寄ろうとしたが、あっ……と俯いて遠慮気味に佐知子の名を敬称をつけて呼んだ。
「サチでいいよ! 本当にライラだよね!? 久しぶり!!」
佐知子の方から駆け寄りライラの手を握った。
「サチ……本当にサチだ~~~!」
ライラは泣きながら抱き着く。
「ライラ~!」
懐かしい顔に佐知子も涙目になった。
「もう! 役人宿舎行って役場の仕事してると思ってたのに、神の使いだとかでサチがそんなかっこで出てきてさ。村は混乱してるし、あたしもよくわかんないし……でも、会えるかもしれないと思って申し込んだら当たって……ほんとうれしー!」
泣きながら佐知子の瞳を見つめるライラ。
「うん……ごめんね……色々、信じられないと思うけど、私、他の世界から来て……」
「まぁ……なんか最初からいろいろ謎なやつとは思ってたから」
神妙に言った佐知子に、ライラは涙を拭いながら笑って言う。
「あはは」
佐知子も笑った。
「あ、座って座って! 一時間しかないから! たくさん話そう!! 今、使用人小屋どんな感じ?」
一緒に絨毯に座ろうとする佐知子の姿を見て、
「……しっかし、おかしな格好だね。娼婦みたい」
と、笑いながらライラも座った。
「おかしくないの! 私の世界では普通の学生の格好なの!」
そんな会話をしながら、二人は話し始める。
久しぶりにそんな楽しい時間を過ごしている佐知子……だが……。
アズラク帝国宮殿内、閣議室――。
「近頃はフラーウム王国の若き王が勢いづいて困りますなぁ……油断すれば侵略してくる可能性が……」
「若さとは恐ろしいものです……我が国を本気で敵に回したらどうなるかも分からずに」
ターバンを巻き、高級そうなカンラの上に長袖の丈の長い上着、フタンを羽織った宰相と大臣達が笑う。
ちらりと、一人が頭上の格子窓を見た。
その格子窓の奥では、このアズラク帝国のシャーがワインを片手に小姓を背後に従え宰相達の話を聞いていた。
「そういえば、北の辺境をまだ制圧していませんでいたな」
「ああ、そう言えば変な噂を耳にしまして……何やら北の辺境のある村にラハーフの使いの女が現れたと……」
一瞬の静寂の後、あっはっはっはっ! と、皆の笑い声が大きな半円のドームに響いた。
「創造主の使いですか、それはまた……」
「まぁ、気の触れた者でしょう……かわいそうに……」
「それよりも、ホンでは……」
金と青の精密で豪華な装飾のされた長椅子に、体を斜めにしていたシャー……四十近い、このアズラク帝国の王は、長い黒髪に巻いた白い布と征服した各地から取り寄せた煌びやかな宝石をつけた金のチェーンの装身具をシャランと鳴らしながら体をゆっくりと起こす。
「ラハーフの使いの女…………神の使い……か」
そして何か面白い物を見つけたかのように、けれど優雅に、薄く口を開き、笑った。
第二部 終




