1 パピスの束と思うこと。
ハーシムからの指導は最初以外はファティマに引き継がれ、あれから佐知子はファティマに指導を受けていた。
「違います。身体の上半身を動かさずに、足だけをお出し下さい」
「はい……」
昨日教えて貰ったばかりなのもあり、未だに歩く所作にすら慣れない佐知子。
するとコンコンと、扉を叩く音がした。
すかさずミンが扉を開けに行く。
「入るぞ」
ハーシムだった。
反射的に身体を硬直させる佐知子だが、自分のために忙しい時間を割いて来てくれていることを思い出し、思考を思い直して体の緊張を緩めた。
「ハーシムさん、今日もありがとうございます!」
そして深いお辞儀をして礼を述べる。
「…………」
ハーシムは一瞬、瞳が揺らいだ。
しかし、いつもの無表情に戻り、
「軽率に神の使いが頭を下げるなと何度も言っているだろう……まぁ、いい。今日はスピーチの原稿を持ってきた。これを一言一句、間違えずに読めるよう練習しろ。あと、今日は衣装の採寸もある。このあと仕立て屋がくるから待っていろ」
「はい!」
背筋を伸ばし、覚えたての立ち方で佐知子は答えた。
「……指導の成果は……まぁ、出ているようだな」
少し息を吐き、気を緩ませるハーシム。
「あと七日しかないからな、しっかり頭に叩きこめよ」
そしてパピスの束を佐知子に渡す。
「……だから思ってることが顔に出過ぎだ、直せ」
パピスの分厚い束にうっと怯んだ表情をした佐知子に、ハーシムは瞳を細めて少し睨むように言う。
「すみません……」
慌てて佐知子は表情を無にする。
「じゃあな、私は仕事に戻る」
佐知子に背を向けると、ファティマが扉を開けに行く。
「……ハーシムさん、今日もありがとうございました」
教えられたばかりのお辞儀の仕方で頭を下げる佐知子。
「……礼を言うのならば、結果で見せろ」
ちらっとハーシムは振り返ると、そう言い去って行った。
「…………」
受け取ったパピスの束を少し読む。
読める部分もあるが、案の定読めない言葉が沢山だった。
これは音読してもらってノートに日本語で書かないとな。と、ノートを出そうと佐知子が棚を見ると、そこにはここに来たときの服……セーラー服が鉄と草の蔓で出来たハンガーにかかって吊るされていた。
懐かしい……と思いつつ、佐知子の脳裏にあることが浮かんだ。
「私は、私らしく……」
そしてそう呟いた後、パピスの束を見た。




