13 忙しい合間をぬって。
「そろそろハーシム様がお越しになられる時間です」
三人でその後も他愛のない話しをしていると、ファティマが静々とやってきた。
「あー! もうお開きかー!」
名残惜しそうにセロはボスンとクッションにもたれかかった。
「仕方ないだろ、ほら行くぞ。サチコ、またな」
ヨウは佐知子に薄く微笑みかける。
「うん! ありがとう! 楽しかった! セロさんもありがとうございます!」
ヨウとヨウに引っ張られながらセロが立ち上がったので、佐知子も立ち上がり礼を言う。
そして、扉の前まで行くと、
「じゃあな」
「またね~! サッちゃーん!」
「また!」
と、片手を上げて佐知子は二人に別れを告げた。
そして扉がミンによって閉められる。
ふぅっと、佐知子は息をついた。
そして先ほどの言葉を思い出す。
『サチコはサチコらしくしていればいい……』
(うん……私は私らしくいよう……)
と、思っていると、コンコンとノック音がした。
ミンがドアを開けると、
「娘、指導を始めるぞ」
「!」
ハーシムがやってきた。
先程までの和やかな気持ちから一転、佐知子は一気に緊張する。
「はい! よろしくお願いします!」
しかし腹部に力を入れ、扉の前でハーシムに頭を下げた。
「……頭を下げるな、下げるなら軽くだ」
「あ、はい……」
早速、指導が入る。
ハーシムが黙って部屋の中央まで歩いていくので、慌てて佐知子もその後について行く。
ファティマとミンがティーセットを片付けるのをチラと見てから、立ったままハーシムは佐知子に振り返り、
「まずは姿勢からだ」
と、指導に入った。
「背筋は伸ばし、顎を軽く引く。手は腹部で軽く重ね、足は左足を少し下げる」
「はい!」
言われたことを早速やってみた佐知子だが……
「顎を引きすぎだ」
「はい……」
「手の位置はもう少し低く」
「はい……」
「背筋もっと伸びんのか」
「はい…………」
何度も注意され、
「まぁ……今日はそれでいいだろう」
と、やっと言われた立ち姿は……
(ちょ……ずっとこれ維持するの!? 全身辛いし、体中ピクピクしてるんだけど! 無理がある!)
佐知子にとっては拷問のような立ち方に、心の中で叫び声を上げていた。
「顔に感情が出ているぞ、辛いのはわかるが顔は優雅に微笑め。あと体の力を抜け。特に肩」
「!」
ハーシムは隙なく見ている。
恐ろしい……一分の油断も見せられない……と、佐知子は神の使いとしての公表を望んだのを、少し、ほんの少し後悔した。
しかし、その気持ちに自分で気付くと、いけないいけない! と、気持ちを引き締めた。
(私にはやることが……やりたいことがあるんだ!)
と、思いなおすと、言われた通りにほんの少し、優雅はこんな感じだろうか……と思いながら肩の力を抜き微笑んだ。
「……立ち方はそれが基本だ。ファティマ、覚えたか?」
ハーシムはファティマになぜか問う。
「はい、ハーシム様」
ファティマは頭を丁寧に下げ、答えた。
「私が来れる時間も限られているからな……いない間はファティマに習え」
「あ、はい……」
その言葉に、ハーシムはあの忙しい仕事の合間をぬって来てくれてるんだな……ということに、佐知子は今更、気がついた。
(がんばらなきゃ……)
佐知子は一人、そう思う。




