8 大理石の鏡台。
部屋に戻るといい香りが佐知子の鼻をかすめた。
ヨウの香りに似た……エキゾチックでスパイシーな香り……。
「お香? 焚いてるの?」
「はい、この香は不快ではないでしょうか」
ファティマに問われ、
「うん! 大丈夫! 凄くいい匂い!」
笑顔で佐知子は答えた。
「タカハシ様、こちらへお座りください。」
するとミンに呼ばれ、大理石の鏡台に通された。
目の前にはかなりはっきり見える鏡があり、佐知子は久しぶりに自分の顔をまともに見た。
「うわ! 顔、黒! 日焼けしたなー……」
それでも少しぼやけているが割とまともに見える鏡で自分を見て、思わず佐知子は叫んだ。
(シミとかそばかす大丈夫かな……日焼け止め欲し~! え、他に顔の異常ない?)
思わず佐知子は鏡に顔を近づけて自分の肌を点検する。
「タカハシ様、お顔と御髪のお手入れをさせて頂きたいのですがよろしいでしょうか」
鏡に映る自分の顔に夢中になっていると、背後にいたミンに無表情でそう問われた。
「え! あ、うん! ごめんね!」
年が近いせいかミンには楽に敬語ではなく話せた佐知子、だがやはり謝罪はしてしまう。
「……謝罪は必要ありません。それではこちらをお顔に塗らせていただいた後、お化粧をいたしますので」
鏡台にあった可愛いガラス瓶の一つを手にしてミンは佐知子に説明する。
気づけば鏡台にはずらりと色々な物が乗っていた。
ガラス瓶が多いが佐知子には見たことのない物もたくさんだ。
そこでふと静かに色々と準備しているミンに対して、佐知子は最初に挨拶してからちゃんと挨拶していないなと思いミンに声をかけた。
「あの……ミン、これからよろしくね」
するとミンは手を止め、
「こちらこそご無礼、不手際がないよう努めさせていただきます。よろしくお願いいたします」
と、手を膝で重ね、頭を綺麗な角度に下げ丁寧なお辞儀をした。
そういう返事を期待してなかったんだけどなーと、佐知子は少し淋しい笑顔を返す。
「あ、ファティマもよろしくね!」
そこでハンムの後片付けをしていたファティマに、佐知子はハンムの方を向き大きな声で言った。
「……精一杯、努めさせていただきます」
ファティマはハンムから出てくると、こちらも丁寧なお辞儀をした。
(堅苦しいなぁ……もうちょっとくだけたいんだけどなぁ……使用人と偉い人はそうなれないのかなぁ……仕方ないのかな……)
佐知子が少し悲しい微笑みをしていると、
「失礼いたします」
と、ミンに顔にオイルを塗られ、いい香りが鼻をかすめた。




