4 脱衣所での会話。
「……ここも……豪華ですね……」
まだハンムに入る前の更衣室の様な場所で、佐知子は思わず呟いてしまった。
十畳くらいのその部屋は、窓はないので円形になった天井にぶら下がる、青がメインのたくさんのアズラクランプが部屋を薄暗く灯していた。
左手には白い大理石のベッド。綺麗な色とりどりのガラスの小瓶や大きな瓶に入った謎の液体がベッドの横の石の上に乗っている。
そして右手にはハンムへと続く鉄の扉があった。
(何なの何なの……ただハンムに入るだけじゃないの!?)
薄暗いせいもあり何だか不安になる佐知子、体が硬直してきた。
「貴賓室はお客様を迎える場所ですので……」
佐知子の言葉にファティマはそう答えながら、
「失礼致します」
と、着ていたシルクのカンラをさらりと脱いだ。
「え!」
驚いて佐知子が声を上げると、ファティマは事前に準備をしていてカンラの下に胸の位置で紐を結んだ、膝少し上まであるシルクの布を着ていた。
「これからハンムでのお世話をさせて頂きますので……」
そう告げられた佐知子は、
「あ……そ、そうですね!」
と答えると、
(びっくりしたー! 突然、服脱ぐんだもん!)
と内心ドキドキとしていた。
「タカハシ様のお召し物も失礼致します」
すると佐知子はハンムを掴まれた。
「え!」
思わずハンムを押さえる。
「…………」
ファティマは中腰になったまま静止した。
「あ……」
反射的にしてしまった行動と、神の使いという言葉を頭に浮かべて佐知子は瞬時に考える。
そして……
「ファティマさん……」
「ファティマで結構です」
静かな声で名前を呼んだ佐知子に、ファティマは抑揚のない声で答える。
「……ファティマ……少し話できますか?」
「……はい」
佐知子の言葉にファティマは手を放し立ち上がると、目は合わさず伏し目がちに佐知子の言葉を待った。
佐知子も戸惑いながら伏し目がちに問う。
「あの……今までこうして、お客さんとかのお世話をしてきたんですか?」
「はい」
体の前で手を重ね、ファティマは真顔で答える。
「その人達は、どこかの国の偉い人とかですか?」
「はい」
無表情でファティマは答える。
「その偉い人達は皆こうやって、荷物をお世話係に預けてハンムも一人ではなく、服も脱がせて貰っていたんですか?」
「はい」
「…………」
淡々と答えるファティマの言葉を聞いて、佐知子は大きく溜息を吐いた。
そして思い出す。日本の家で見てきた昔の西洋のお姫様の扱いを……。
(そうなんだな……私はもう今、あの立場にいるんだな……)
しばし目を瞑ると、佐知子は息を吐いて瞳を開いた。
そして一度も目を合わせてくれないファティマの伏せた瞳を真っ直ぐに見て言った。
「ファティマ、私は確かに神の使いだけど、元は庶民の娘だから分からない事だらけなので、私が戸惑ってたら偉い人はこうしています。と教えてください。色々教えてください! よろしくお願いします!!」
そして頭を下げた。ファティマの目元や口元が少し動く。
しかしすぐ元に戻り、
「かしこまりました」
と、ファティマは頭を下げた。
「じゃあ、入浴ですね!」
顔を上げ、佐知子がさっきまでとは一転明るいはっきりした口調で言うと、
「タカハシ様、お客様は私達に敬語は使いません」
「え……」
早々にファティマの指導が入った。
「……わかった……ファティマ」
タメ口は言いづらいんだけどなぁ……と、思いながらも佐知子は一拍置いてファティマに答えた。
「それではお召し物を失礼致します」
ファティマは佐知子のカンラを掴む。
「うん……」
裸を見られるのか……と、思いながら佐知子はファティマにカンラを脱がせてもらい、カンラの襟から顔を出すと、
「あ、そうだ。ファティマさ……ファティマ、このカンラ役人宿舎で支給された物だから……返しといて……くれる?」
つい敬語で言いそうになるのを堪えて伝える。
「はい、かしこまりました。」
「……ありがとう」
佐知子は悪い気もしたがこれも外交官になるため! 私はもう神の使いのお偉いさん! と、心の中で叫び、ブラジャーの紐を後ろからほどいて行くファティマに佐知子は体を手で隠したいのを必死に堪えながら全て下着を脱がされると、無表情のファティマに促されるまま、扉を開け熱気が立ちこめるハンムへと足を進めた。




