6 閉じた扉と決意。
佐知子はまず、引っ越してきた時に持ってきた大きな二個の革のカバンを棚の奥から出し、そこに棚の中身を適当に手早く詰めて行った。
急いでいた。
役人たちはまだ帰ってくる時間ではないが、出来れば会わずにこの場を去りたい。
衣類や勉強用品などを詰めつつ、二段ベッドの上にも上り、枕元に置いていた目覚まし時計などを手に取り、ああ、これは支給品だから返さないと……と、思いながらベッドに忘れ物がないか見渡して、二段ベッドを下りる。
「落ちるなよ」
ヨウはそんなことまで心配してくれた。
「平気だよ」
と、佐知子は笑って答えつつ下りて、あ。と、あることに気づいた。
(このカンラも支給品だった……どうしよう……脱いで置いておく……? でも、洗った方が……洗って返そう! 今、着替えするのも気まずいし!)
佐知子は立ち止まってカンラを見ながらしばし考えると、そう結論づけ荷物をまとめる。
「よし、こんなもんかな。支給品は机の上に置いたし」
まだ気温も日差しも高い時間に急いで荷造りしたので、佐知子は汗をかきながら、ふぅ。と、一息ついて、大きな革のカバンの取っ手を握った。
「準備できたか?」
「うん!」
ずっと腕組みをして俯いて待ってくれていたヨウに返事をすると、
「じゃあ行くか……」
と、ヨウがカバンを二つ持つ。
「あ、一個持つよ!」
「大丈夫だ、これくらい」
慌てて言った佐知子に、ヨウは微笑んで返す。
「鍵かけないといけないしな……」
「あ……そうか……」
ドアを開けて出て行ったヨウに続いて出ようとして、佐知子は振り返った。
六畳ほどの小さな二人部屋。
二段ベッドに、小さな窓、小さな机……。
少ししかいなかったけれど、なんだか淋しい気もする。
そして……
(結局仲良く……分かり合えなかったな……)
佐知子はカジャールの机を見て思う。
仲良くなろうと、分かり合おうとしても分かり会えない、分かり合おうともしてくれない……そんな、この世界では初めての人だった彼女の姿を思い出し、佐知子は机を見ながら少し暗い顔をする。
そしてトトの『戦はなくならないと思う』の言葉も脳裏に浮かんだ。
「どうした?」
しかし背後からヨウの声が聞こえ、顔を向ける。
ヨウはいつもの真顔で佐知子を見ていた……。
分かり合えない人もいる。
戦はなくならないという人もいる。
それでも……私はやるんだ。決めたんだ。
佐知子はカンラの下にあるアフマドの指輪を握り、そう強く思った。
「何でもない!行こう!」
顔を上げ微笑んだ佐知子は、部屋の扉を少し悲しい顔をしながらパタンと閉め、鍵をかけて二人は軍用地へと戻った。




