14 トトのハンカチ。
佐知子の役場での仕事は単調といえば単調だった。
やることは毎日変わらない。
朝早く出勤し、準備をして、昼まで難民の通訳。
午後はアーマ宿舎への訪問、その後また通訳……そんな日々を単調と言えど、内容は色々変わるのでひたすらこなし、それに加え食事とハンム以外の夜の時間はアズラク語の勉強をしていた。たまに机で寝てしまう日もあった。
そんな日々をこなしていると、
「あ、やば、洗濯物たまってる」
役場で働きだして初めての休日、ふと洗濯物が山のようにたまっていることに佐知子は気づいた。
「どおりで服やタオルがないと……」
佐知子は棚の前に置いた籠の中の服を見ながら呟く。
窓の外を見た。
今日は快晴だ。まぁ、アスワド村はほとんどが快晴なのだが。
「よっし! 今日はちょうど休みだし、洗濯するか!」
着ていた私服のカンラを脱ぎながら支度をする。
洗濯籠を持ち、炊事係の時の作業着を着て階段を下りて一階の広間に出ると、皆の注目を浴びた。しかも、クスクスと笑われている。
(あー……)
佐知子は何故笑われているのかなんとなく察したので、早く行こう。と、歩いて入口を出ようとする。その時に、
「おじいさん、近くの洗濯場って知ってますか?」
門番の老人に、洗濯場の場所を聞いた。
「……出て、右に行って突き当たりを左に行くとあるよ……」
「ありがとうございます!」
親切に答えてくれた老人にお礼を言い、佐知子はサンダルを履いて眩しい太陽の下、歩き出した。
そう、この世界では、洗濯は川や水路で手洗いである。
佐知子も軍用地にいる時は皆でしていた。
だが洗濯を洗濯屋という女性に頼むこともできる。
おそらく役人宿舎の皆は頼んでいるのだろう。
だから、佐知子がこんな格好で洗濯籠を持ち、洗濯に行こうとしているのが、おかしくて笑われていたのだと佐知子は推測する。
(洗濯くらい自分でしろつーの)
何か段々、心が荒んできたな……と、思いながら佐知子は突き当たりを左へ曲がる。
すると、村中に張りめぐらされた水路に出た。
そこには何人かの女性たちが照りつける日差しの中、話しながら洗濯をしていた。
「こんにちはー、洗濯ご一緒していいですか?」
何だか久しぶりの言い方は悪いが『庶民』の雰囲気に、佐知子は心が和んで自然と笑顔になる。
「ああ、いいよ! たくさん溜め込んだね!」
「ありがとうございます! はい、ちょっとうっかり忘れてて」
そんなことを話しながら、袖と裾をめくり水路に入る。
水は冷たい。
気持ちいい。
(やっぱり私はこっちの世界の方があってるや……だって元はただの庶民の女子高生だもん……)
そう思いながら洗濯物を籠から一枚一枚取り出し、水につけ石鹸をつけて洗っていく。
「あ」
するといつぞや着た私服のカンラのポケットの中から、薄いブルーのハンカチが出てきた。
それは確か、佐知子がハーシムにこの村の外交官にしてくれと頼んだ会議で思わず泣いてしまった後、トトに差し出されたものだ……。
(すっかり忘れてた……返さなきゃ……)
佐知子はその薄いブルーの綿のハンカチを丁寧に洗った。




