10 ずるい力のおかげで。
すみません、今回いつもより長くなりました。
いい区切りが見つからなかったので!
少し長いですが読んでいただけると嬉しいです!
その後、男性達の健康状態を聞き終え、要望も聞き終えた。
「うわー、今までは漆喰板に少し書く程度だったのに圧倒的に足りないや。今度からたくさん持ってこないと」
少し困った表情でアーサーは頭をかく。
聞き取った事をメモするのはパピスではなく、板に漆喰を塗った漆喰板だった。
かさばるのであまり持てない。
もっと便利な物を自分が持ってきた紙からセロさんが発明してくれたいいなぁと、佐知子は思った。
そんなことを考えながら、二人は女性階へと移動した。
「みなさん、こんにちはー」
「こんにちはー」
「サチコ!」
「やっぱりサチコだったのね!」
二人が階段を上ると、男性階での声が聞こえていたのだろう、案の定、女性達がわっと集まってきた。
女性階でも、男性階とほぼ同じことが起こった。
皆、病気を我慢していたのだ。言葉が通じないために。
健康状態の聞き取りが終わると、中央の少し粗末で汚れた絨毯の上に座り、アーサーが声を発する。
「今からご意見、ご要望をうかがいますー! 何かある方は来てくださいー! ……って、訳してくれる?」
「はい」
もう慣れた調子で二人はやり取りをする。
すると、二、三人の女性がやってきた。
まずは、褐色肌のアラブ系の若い女性だった。
「あの……できれば、区切ってある場所に、布をかけてほしいんですが……だめでしょうか……」
おずおずと女性は言う。
「布……ですか?」
佐知子は聞き返す。
「はい……もう外で着替えたりとか散々してきたので今更なんですが、なんだか……こういう場所にきたら、着替える時に目隠しがほしいねって、話してたんです。あと、なんていうか……いつも人目にふれてるのも……たまには人の目を気にしない状況になりたいねって……」
(確かに……プライベートな空間は誰だって欲しいよね……)
佐知子はアーサーに伝える。
「そうですね……僕もいつも大部屋だったら辛いですからね、布をかけるくらいでしたら、たいしたお金もかかりませんし、上司の許可が得られたら設置します。多分、大丈夫でしょう」
その言葉に、佐知子の表情も明るくなる。
それを女性に伝えると、
「ありがとうございます!」
と、嬉しそうにその女性は去って行った。
次は白人の年配の女性だった。
「あのぉ……わたし、勉強が苦手で……いままで読み書きもあまりしてこなかったのもあり、アズラク語がいつまでもわからなくて……どうしたらいいですかね?」
というお悩み相談だった。
佐知子は難しい表情をしながらアーサーに伝える。
案の定、うーん。と、アーサーも唸ってしまう。
「学校にはきちんと行かれてますか?」
アーサーの言葉を伝えると、女性はうっと表情を曇らせた。
「行ってはいるんですが……仕事の疲れで寝てしまったり……」
「ちゃんと受けてもらわないと……」
佐知子が通訳した言葉に、アーサーは困った顔をする。
「あの……サチコさんに教えてもらえませんかね?」
すると、そんなことを提案された。
「え!」
思わず佐知子は小さく叫ぶ。
「え!どうしたの!?」
叫び声に少し慌てるアーサー。
「あ、いや……」
伝えると……
「うーん……サチコさん、そこまでする時間はさすがにないよねぇ?」
「はい……難民窓口とここの仕事で……あとは夜……夜は私も自分のことがありますし……あと門限もありますし……あと私、アズラク語喋れるみたいですけど、あんまり書けないんですよ。セロさんに教えてもらってましたけど」
困った表情をしながら佐知子が同じく困り顔のアーサーに答えると、
「セロさんって……あの、科学技術部長官のセロ長官?」
「はい」
きょとんとしているアーサーに疑問を覚えながら答える佐知子。
「え……知り合いなの?」
「え……はい……」
何か変なことい言っただろうか。と、佐知子は返事をする。
「へー……何か……ほんと、君、凄いね……僕なんて副長官や長官と一度も話したことないよ」
呆気にとられた表情で、アーサーは佐知子を見つめる。
「え……」
その言葉に、佐知子は逆に驚く。
「そういえば引越しの時、ヨウ副長官が付き添いで来たって噂聞いたけど……本当?」
「……はい……ていうか、そんな噂流れてたんですか……」
国事部の皆さんは噂話が好きだなぁ……と、佐知子は少し呆れた表情をする。
「うん……まぁー……あんまり聞きたくないだろうけど、さっきもちょっと話したけど……サチコさんが役人宿舎にくる前、試験も受けないで特別に役場で働くことになった女性が来るって、宿舎で話題になってたからさ」
「そうでしたね……」
斜め下を向いて、罪悪感に佐知子は苦笑いした。
「ほら、役人になるのってさ! 僕も大変だったけど、皆、死に物狂いで勉強して、試験受けて、人によっては何度も何度も試験受けて、やっとの思いで合格してなれるもんだから……皆、特別に役場で働けるようになった君が羨ましいんだろうね……」
皆のことも、佐知子の気持ちも思いやるように、アーサーは穏やかに笑った。
「……すみません」
その言葉の内容に、佐知子は申し訳なくなって俯く。
「いやいや……でも、しかたないよ」
しかし、アーサーはほほえんで答えた。
「そんな特別な力持ってたら特別扱い受けるのも当然だよ。あのハーシム長官が特別扱いしたのも頷ける……それにさ、こうして皆、救われてるじゃない? サチコさんが特別扱いされたおかげで……」
アーサーと佐知子は目の前の、絨毯の敷かれた場に集まった皆を見る。
そこに集まった女性のアーマの皆は、病院に行けることになったことや、要望を伝えられたことで、嬉しそうに会話出来る者はし、出来ない者も、どこか安堵した表情だった。
たどたどしいアズラク語で、一生懸命コミニュケーションを取って喜びを分かち合っている声が聞こえてくる……。
「僕が今まで見てきた中で、今日が一番、皆、嬉しそうで賑やかだよ……」
ははっ……と、少し残念そうにアーサーは笑った。
「すみません……」
再度、佐知子は申し訳なくなった。
先程から、アーサーや役人の人達に対して、申し訳なさで一杯になっていた。
自分だけ、神様のおかげで特別な力を持っているから、皆がとても苦労してたどり着いた場所にいとも簡単に入り込んだのだ……。
(……嫌われて……当然だな……)
カジャールの事を思い出し、佐知子は心が沈み泣きそうな表情になる。
「いいのいいの! 気にしないで! 君のおかげで助かってる人がたくさんいるんだから!」
その時、頭上からアーサーの言葉が降ってきた。
佐知子は俯いたまま、その言葉に瞳を少し見開き、頭の中で反芻した。
(私のずるい力のおかげで……助かる人がたくさんいる……)
いつかのセロの言葉を思い出す……。
『能力を使わないのは罪だと思うなー』
確かに自分が辛いからと、使えばアーマの人々が助かるのに使わないのは罪だ。
佐知子は顔を上げる。
「アーサーさん!私、この仕事がんばりますね!」
キリッとした表情で、佐知子は少し大きな声で言った。
「え!」
突然の宣言に、アーサーは驚く。
「あ、でも、宿舎ではアーサーさんに声はかけませんので!」
「え……あ、うん、ありがとう……」
何だかよくわからなかったが、確かにそれは助かるので、アーサーは申し訳なさそうに笑った。
わかっている、アーサーは優しい。
でも、これで役人宿舎でアーサーと仲良くしたら、アーサーが皆から何を言われるか、どんな態度をされるかわからない……わかっている……先程の噂の話を聞いたから。
むしろ噂の話を聞けて佐知子は有難かった。
ようやくカジャールに嫌われている理由もわかったし、食事の時ヒソヒソと陰口を言われるのも納得がいったからだ。
佐知子はふっとため息をついた。
「あの……それで、勉強の話は……」
「あ!」
二人は相談に来た目の前の女性を思い出し、女性を見て声を合わせて小さく叫んだのだった。




