6 アーサー。
(つ、つか……れ、た……)
昼休みになり、佐知子はぐったりとしながら役人宿舎へと戻る。
肉体的にほぼ疲れはないのだが、精神的疲労が凄かった。これなら慣れたせいもあるが、軍用地での炊事係の肉体労働の方がましだな……と、佐知子は思ってしまう。
来る人来る人の壮絶な苦労話や涙を見て、聞いているのは精神的にこたえるのだ……。
「ありがとうございます……」
そしてぼんやりとしながら昼食を貰う。
もう定位置になった佐知子の場所に座り、はぁ……と息を吐きプレートを見た。
(あ! 今日は豚肉だ! やった!! 滅多に出ないから嬉しい!)
ちょっと嬉しい事があってよかったな。と、佐知子は少し笑顔で昼食を頬張る。
しかし、視線や陰口に気がついた。
(気にしない……)
スパイスで味付けされた美味しい豚肉を頬張る。
これ位で音を上げていては戦を失くすこと何て出来やしない。
きっとこれから先、外交官になれたら、もっと大変なことが待っている。
そのための試練だ。
「ごちそうさまでした」
手を合わせ、佐知子は食器を返却口へと持って行った。ごちそうさまです。という言葉も忘れずに。
そして午後からはアーマ宿舎へ行くことになっているので、佐知子は役人宿舎前で待っていた。
(確か、アーサーさんって人が入口に来てくれるんだよね……アーサーさんって、あの病院で会ったアーサーさんかな? 多分、そうだよね?)
午後の強い日差しを浴びながらカバンを持ち、佐知子は宿舎前でアーサーを待つ。
すると、
「ああ! そんな所で待ってなくていいのに!」
という、慌てた優しい声が聞こえてきた。
「え?」
背後から聞こえてきた声に佐知子が振り返ると、そこには慌てた様子のノーラと病院で別れるときに会った、あのアーサーがいた。
「中、入って入って! 熱射病になっちゃう!」
アーサーに靴棚の前に手招きされる。
「あ、はい……」
アーサーさんもどうやら好意的っぽいな……と、佐知子は少しほっとする。
「タカハシ……サチコさんだよね?」
「はい」
日陰の靴棚の前で、二人は話す。
「やっぱり。僕はアーサー。前に病院で会ったよね?」
「はい、あの時はノーラさんをありがとうございました」
佐知子は頭を下げた。
「いやいや、仕事だから」
少し困ったような笑みでアーサーは後頭部をかいて笑った。
「僕はアーマの管理係。……まぁ、色々押し付けられちゃってる感じの雑用係でもあるんだけど……」
ははは。と、アーサーは笑う。
アーサーは以前会ったときにも感じたが、人が良さそうだなぁ……と、佐知子は思った。それ故、面倒な仕事を色々押し付けられているのだろう……。佐知子は推測する。
「で、これからアーマの皆さんの状態調査と希望聴取に行くんだけど……いやー、君が来てくれて助かったよー。いや……まだ半信半疑なんだけどね。君、多言語話せるんでしょ? 今、話してるのはアズラク語だけど……」
不思議そうなアーサーに、
「あ、はい……なんか……多分、話せると……」
微妙な感じの笑顔で少し下を向いて佐知子は答えた。
「凄いよねぇ……あ、行こっか!」
「え、あ……はい」
通り過ぎる人の目を気にして、アーサーは慌てて笑顔を取り繕い歩き出した。
おそらく佐知子と親密にしている所を見られたくないのだろう。
まぁ、仕方ないよな……と思いながらも、佐知子は少し悲しさを感じた。




