1 お守りと共に。
カンカンカンカン……という、少し小さめの音が聞こえ佐知子はうっすらと瞳を開いた。
ここは……と、まだ真っ暗、いや、オレンジの灯りがぼんやりと照らす見慣れない天井を見て、佐知子はガバッと起き上がった。そしてわたわたと目覚まし時計を見ると、三時だった。
(そうだ! 昨日から役人宿舎で暮らしてるんだった。今日、出勤初日だよ! しっかりしなきゃ!)
ふと二段ベッドの上から、オレンジのランプの中、静かに淡々ともう身支度を終えているカジャールが見えて、ぼんやりと見つつ、もうこんな時間に身支度を終えているのか。とか、静かに行動するな。とか、朝の挨拶しないとな。と、まだぼんやりする頭で佐知子は思い、声をかけた。
「カジャール……さん、おはよう」
「…………」
返ってきたのは顔も向けない無言。無視だった。
そしてカジャールは支度を済ますとランプを消し、部屋を出て行った。
部屋は真っ暗闇に包まれる。
「……ランプ消さなくてもいいじゃん!」
そう叫びがら佐知子はベッドから出て、真っ暗闇の中そろそろと二段ベッドの梯子を下りると、オイルランプを灯す。
オイルランプの前に立ちながら、カジャールに本当に嫌われているな……と、柔らかいオレンジの光を見て佐知子は思う。
何故あの子にこんなにも嫌われているんだろう……。と、考える。
自分は嫌われる様な事を何もしていないと思うのだが……。と、考えに耽っていても、時間は刻一刻と過ぎていく。佐知子も身支度をしなくてはいけない。初出勤で遅刻は笑えない。気を取り直し身支度に取り掛かった。
各階にあるトイレの横の青い幾何学模様のタイル張りの水場に行き顔を洗うと、佐知子は着替えて髪を梳き、朝食に向かおうとした。
そこで昨夜の昼食や夕食のことを思い出す……また見世物パンダになるのだろうか……と。
ふと、佐知子はある物を思い出した。
たしか机の引き出しに入れたはず……と、少し明るくなった部屋の中で、きらりと光るそれらを見つけた。
それは炊事係の皆から餞別にもらった髪留め。
そしてアイシャから貰ったアフマドの指輪。
革紐に通してある金色の指輪を、佐知子は見つめ、ぎゅっと握ると胸に当て目を瞑り、瞳を開き、首に通す。
そして確かこうだったはず……と、鏡がないのでボサボサじゃないといいな。と、思いながら髪をまとめ、ねじり、髪留めを当て、サリーマとライラがしてくれたようにぎゅっと髪を留めた。
「…………」
キュッと引き締まった髪は、心をも引き締めてくれた。
「よっし!」
(皆がついてる、アフマドさんも……)
佐知子はドアノブを掴み、部屋を出た。




