16 毎日、三割の力で。
佐知子の仕事についての内容は、五時に出勤し六時までズハンの補佐。
六時から十二時まで難民課窓口での通訳。
十二時から十四時まで昼休み。
十四時から十六時までアーマ宿舎訪問の補佐。
十六時過ぎにまた窓口へ戻り日没まで通訳をし、日報を書いて終わり。というものだった。
「また、役人用カンラ二着、靴、カム、懐中時計、目覚まし時計は支給す。机と椅子とランプは備品なり。だってさ。以上! あー、疲れた! あたしゃ、シャイ飲むよ!」
アイシャは読み終わると台所へと行ってしまった。
(え? 支給す。って、されてないんだけど……後から来るんだった? 待ってたほうがよかったかな?)
そう思いながらも、終わった~……と、つい佐知子も気が緩みボスンと背後のクッションにもたれかかってしまう。
「はー……」
そして息をはく。
(右手が痛い……)
こんなに字を書いたのはいつぶりだろう……。
でも、痛い素振りを見せてはいけない。なんとなくそう思った。でも、今、クッションに寄りかかるのはいい。
よくわからない自分ルール。ふふっと佐知子は笑った。
「何、笑ってるんだい?」
するとアイシャが銀のトレイにシャイとドライフルーツを乗せてやってきた。
佐知子の分も、もちろん持ってきてくれている。
「はいよ、おつかれさん」
「……ありがとうございます、何でもありません……がんばろう。と、思って」
トレイを置いて、向かいに座ったアイシャからシャイを受け取りながら佐知子は答える。
「んー……役人の仕事がどんなかわかんないけど、ひとつ言っておくよ、サチコ」
アイシャは難しい顔……少しむっとした顔をしている。
「はい?」
なんだろう? と思いながら佐知子は言葉を返す。
「いいかい? 仕事は毎日三割の力でやらないと毎日続かないからね? 毎日、全力でやろうなんて思うんじゃないよ?」
「え…………」
その言葉に、佐知子はシャイを飲む手を止めてしまった。
「やっぱり! まぁ、誰しもが通る道なんだけどね、まぁ、試しに全力でやってみるのもいいけど……病気になって半年……いや、一年くらい……人によってはもっと長くか短くか……病気になって寝込むことになるからね! いいかい? 全力で毎日仕事しようなんて思うんじゃないよ!? 毎日続けたかったら毎日、三割。これを心がけな」
顔を寄せてアイシャは言う。
「え……え、でも! アイシャさんいつも全力でやってたじゃないですか! 皆さんも!」
理解が追いつかず、佐知子は言い返す。
「全力でなんてやってないよ! バカな子だねぇ! そう見えてた、もしくは、見せてただけだよ! みんな、全力でなんてやってないよ! 全力でやってたらみんな今頃、入院してるさね!」
「えぇ……」
その言葉に、佐知子は唖然とする。
「全力でやってるように見せつつ、三割の力でやる。これを身につけてがんばりなよ。長く健康で仕事を続けたかったらね」
言い終わると、アイシャはシャイをすすった。
「…………はい」
何だか難しい宿題を出された上に、納得もいかないが、確かに毎日全力でやっていたら倒れてしまう……。
それに炊事係も慣れたら手を抜いていた部分もあった……でも、看護係はそうもいかなくて心身共に辛かった……でも今回は……今回は…………。
「あんたまで死んだらあたしゃどうすればいいんだい! 絶っ対! 無理すんじゃないよ!」
顔に出ていたのだろう、アイシャに一喝された。
「! は、はい!」
そう返事すると、佐知子はシャイをすすりながら、な、七割の力でがんばろう……と、心の中でつぶやいたのだった。




