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神様の外交官  作者: 山下小枝子
第二部 第三章

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9 長い道程のスタート。

「荷物、全部入れた? 忘れ物ない?」


 ライラにそう問われ、佐知子はもう一度、棚や身の回りを見る。


「うん、多分、大丈夫」


 そして、そう答えると、


「棚……空っぽだね」


 悲しそうに壁に空いた棚を、ライラは見た。


「うん……最初にここに来たときみたいだね。棚空っぽで、革のカバン、パンパンで」


 佐知子が軽く笑うと、


「あはは! 確かに」


 胡坐をかいてる足を掴みながらライラも笑う。


「でも、今はカバン三つ……荷物、増えたね」


 淋しそうにライラが言った。


「まぁー……生活してればね!」


 明るく佐知子が笑うと、


「サチー、余ってた革紐あったわよー」


 メリルがやってきた。


「あ! ありがとうございます!」


 佐知子は顔を向ける。


「長さが長いかもしれないんだけど、両端をこうやって結ぶと……長さ調節できるから」


 隣に座り、長さが調節できる紐の結び方をメリルは教えてくれた。


「わー! 凄い! 手品みたい! え! 凄い!」


 その結び方に驚き、佐知子は声を上げる。


「そんな大した物じゃないわよ、みんな知ってるわ」


 恥ずかしそうにメリルは焦っていた。


「じゃあ今度は、私がサチに髪留めの留め方を教えまーす!」


 するとライラが佐知子の肩を掴み、自分の方に寄せた。


「はいはい」


 と、二人は苦笑しながらいう。


「髪の毛をまとめてー」

「うん」


 最後はライラに髪留めの仕方を教えてもらう。


「ねじってここにひっくり返して刺して更にひっくり返して奥に刺す! わかった?」


 佐知子に背後から問うライラ。


「んー、ちょっと難しいかも」


 留め方は意外と難しく、佐知子は眉間に皺を寄せる。


「自分でやってごらん」


 ライラは佐知子に髪留めを渡す。しかし、


「失礼します」


 使用人小屋の扉の布越しに、抑揚のない凛とした声が響いた。その声に小屋の中はしんっと静まり返る。


 迎えが、来た。


 中に入って来たのはこの間のアフリカ系の女性国事部の人だった。そしてその後から……


「あれ? ヨウ!?」


 そう小さく叫びながら、佐知子は二人の元に駆け寄る。


「どうしたの?」


 佐知子はヨウに問いかけた。


「いや……荷物……持ってやろうと思って……昨日の夜言いに来たんだけど……留守だったから……迷惑……か?」


 汗をかいたヨウは少し下を向く。

 おそらく国事部の役人が来るまでずっと外で待っていたのだろう……。


「め、」


 迷惑なんかじゃないよ! と、佐知子が返そうとすると、


「よ! さすがヨウ副長官!」

「荷物持ってあげるなんて男前だねー!」

「多いからねー、サチ一人じゃ大変だから、誰か持ってってあげようかって話してたのよ」

「お幸せにねー!」


 と、背後から言葉がポンポン飛んできた。

 佐知子はなんともいえない顔をして振り返り、ヨウに向き直ると、


「ありがとう、助かった」


 と、少し照れた笑顔を向ける。


「ああ……じゃあ、荷物を」


 そう、ヨウが手を差し出したとき、


「その前に、こちらの話をよろしいでしょうか」


 黙っていた国事部の女性が相変わらずの少し冷たいような声で話を遮った。


「タカハシサチコ様ですね」

「はい!」


 今更、確認をされる。


「今日付けで炊事係の使用人小屋から役人宿舎へと引越しになります。仕事も明日から役場の難民課の補佐へと異動になります」


 その言葉に小屋の中が水を打ったように、しんっと静まりかえる。


「は、はい……」


 手のひらを身体の横でぎゅっと握りながら、佐知子は少し緊張し、言葉を返す。


「問題なければこれから役人宿舎へご案内いたしますので、ご同行願います」


 国事部の女性は持っている書類を見ながら言う。


「あ……はい……じゃあ……」


 そう返事をして荷物を取りに部屋の奥へと戻る佐知子。

 そして、荷物に手をかける。

 ふとライラの泣きそうな顔が目に入った。


「サチ……」


 悲しげに微笑んで、佐知子は荷物を掴む。

 そして、ヨウのもとへと行き、これお願い。と二つの荷物を渡す。

 ああ……と、重い革のかばんをヨウは二つ手にした。

 そして、佐知子はまたライラの近くへと戻り、三つ目のかばんを手にする。


「ライラ……今までありがとう、元気でね」


 そして泣きそうな笑顔で、ライラに最後の挨拶をする。

 ライラは泣く寸前だった。


「メリルさんも、ありがとうございました」


 そしてメリルにも挨拶をすると、メリルはライラの肩を握りながら、眉を寄せて頷く。

 佐知子は最後の荷物を手にすると歩いていき、絨毯と地面の境目に立つ。そして振り返った。


「みなさん! 本当にお世話になりました! ありがとうございました!」


 そして頭を思いっきり下げる。


「元気でね!」


 メリルの声だった。


「国事部のやつらに負けんなよぉ!」


 ライラの声だった。


「達者でね」

「いつでも戻ってきなよ!」


 いろんな声が飛んでくる。

 涙があふれて零れ落ちそうだった。

 顔を上げ、こぼれそうな涙を拭い。


「それじゃあ!」


 と、佐知子は少し残った涙と笑顔でサンダルを履く。


「お待たせしました、行きましょう」


 使用人小屋を出ずに待っていた国事部の女性にはっきりとした口調と明るい表情で佐知子は言う。


「……はい」


 国事部の女性はしばらく佐知子を見つめると、そう答え歩き出した。


「ヨウ、先行って」


 自分の後に続こうとしていたヨウに、佐知子はそう言う。


「あ? ああ……」


 疑問に思いながらもヨウは先に出て行く。

 国事部の女性も、ヨウも出て行ったあと、佐知子はわずかな風で白い布の揺れる出入口に立ち、皆に背を向ける。

 そして、一旦立ち止まり振り返ると頭を下げ、笑顔で顔を上げると布を持ち上げ、使用人小屋から出て行った。

 背後から、ライラと思わしき大きな泣き声が聞こえた……。


 使用人小屋から出ると、強烈な眩しい太陽が照りつける。佐知子は目を細めた。太陽を見上げる。


「行きましょう」


 外で待っていた国事部の女性が、抑揚のない声で静かに催促した。


「……はい!」


 佐知子は一歩踏み出す。

 ここからがスタートだ。

 佐知子の……戦を、戦争をなくすための長い長い道程の。

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