8 ありがとう。
四つのテーブル席からよく見えるカウンター席の中央で、サリーマの横に立つ佐知子。
「これ、あたしたちからの餞別。皆で金出し合って買ったんだ」
サリーマが黒い皮の巾着袋から取り出したのは、くし形の髪留めだった。
中心には、白いC型の三日月の模様が一つ入った青いガラスがはめ込まれており、周りにも綺麗な青いガラスや青い石が散りばめられていた。
佐知子の手のひらにそれをのせながらサリーマは話す。
「この白い三日月模様が入った青いガラスは、悪いもんを弾き飛ばしてくれるって言うこの当たりの風習でね。良いことは呼び込まないけど、悪いもんから守ってくれるから。それにあんた大分髪伸びただろ? お役所仕事ならキチッとまとめて仕事しないと!」
留めてあげるよ。と、サリーマは佐知子を半回転させ、髪をまとめだした。
「やり方どうせ知らないんだろ? 明日の朝までに誰かに覚えさせてもらうんだよ」
そう言いながら髪をクルクルまとめ、ぎゅっとそのくし形の髪留めで刺す。
「わっ!」
思わず佐知子は声を上げた。
「どうだ! 気引き締まるだろ!」
「はい!」
下ろしていた髪を後頭部でぎゅっと留められ、佐知子は一気に気が引き締まった。
「ほら、みんなに見せてやんな! 似合うだろ? あたしが選んだんだからね!」
サリーマは佐知子を斜めにして皆に見せ、自信満々に言う。
「わー! かわいー! きれー!」
酔っ払い、目が半分閉じているライラも笑顔で叫ぶ。
「そうね、なかなか似合うんじゃない?」
「ちょっと大人っぽくない?」
などと意見が交わされていく。
「はい! プレゼントタイムは終了! それじゃあサチから締めの言葉をもらってお開きにしようか」
はいよ。と、またもや半回転させられ、佐知子はカウンターの前に立ち皆に見つめられ焦る。
「あの……えっと…………」
締めの言葉など用意してこなかったし、皆にじっと見つめられ緊張から俯いて行く。
すると突然、パーン! と、背中を叩かれた。
「これから新しい世界で頑張ろうって人間が! これ位の緊張で俯いてどうすんの! 顔上げて! 胸張って! 別れ言いな!」
背中を叩き叱咤激励したのはサリーマだった。
背中を思いっきり叩かれた拍子に背が伸び顔が上がり胸も張る。
驚いて見開いた視界に入ったのは、あたたかいオレンジ色の世界で朗らかに大声で笑う見知った仲間たちだった。
佐知子の瞳に涙が浮かぶ。
ありがとう。
この言葉だけで十分だった。
でもそうはいかない。
佐知子はきちんと立ち、皆に別れの言葉を伝える。
「……わた、私は……凄く遠い全然文化の違う所から来て、何も持っていなくて、わからないことや知らないことだらけで、きっと炊事係になった時も皆さんに迷惑かけたと思います……でも、皆さん優しくて……色々教えてくれて……看護係になって仲良くなった方もいて……ほんとに、この村の、この使用人小屋に来られてよかったです! ……メリルさん、看護係で親切にしてくださってありがとうございました! アイヤールさんとお幸せに!」
メリルに向かって大きな声で叫ぶ。
「ありがとう……」
メリルはほろ酔いで微笑む。
「ライラ……」
佐知子がライラの名を呼ぶと、
「なんだよぉー! 行かないでぇ~!」
ずっと泣いていた、ぐでぐでに酔ったライラが立ち上がり佐知子の方へと行こうとする。それをメリルが止めていた。
「……最初に、使用人小屋で話したのはライラだったよね……アイシャさんに返事してくれて、あれからこんなに……仲良くっ……なれるとはっ……思わなかっ……たっ……」
徐々に涙が込み上げ、佐知子も涙が零れてしまう。
拭いながら必死に伝える。
「ありがとう……何も知らない、わからない私に色々教えてっ、親切にしてくれてっ……」
震え声で涙を拭いながら伝える言葉に、周りからもすすり泣く声が聞こえてくる。
「いいんだよ! そんなこと!」
その場で立ったまま、ライラは号泣する。メリルが背中をさすっていた。
「皆さんも! 本当に親切にして下さって! 本当に本当に! ありがとうございました! 皆さんのこと思い出して! 新しい場所でも! 一生懸命がんばります!」
そう叫ぶと佐知子は思いっきり頭を下げた。
床にぼたぼたと涙が落ちる。拍手の雨が聞こえた。
楽しい夜は、終わった。




