6 アフマドの結婚指輪。
「……あの子がいつもつけてた指輪の片割れさ。最期の時までつけてた…………結局、嫁さんも彼女も作らなかったから、貰い宛てのなくなった指輪だけど……サチコに貰われるなら、あの子も怒らないだろう……お守り代わりに貰ってやってくれないかい? きっとあんたを守ってくれるはずさ」
アイシャは少し悲しそうに、へらっと笑った。
「え…………」
(アフマドさんがいつもつけてた指輪の片割れ……?)
様々な疑問が浮かぶ。
「いや、そんな物……私が貰ったらまずいんじゃ…………どういうことですか?」
佐知子は問う。
「……あの子ねぇ、いつからかその指輪の片割れを左手の薬指につけだしたんだよ……」
アイシャは頬杖をついて語り出す。
「ある日突然、左手の薬指に指輪つけてて、彼女出来たのかい? って聞いたら、女の子が鬱陶しくなって来たから女の子避けだって言うもんでね、何バカな事やってんだい! って怒ったんだけど……あ、あの子、あれでも結構モテたんだよ。親の贔屓目じゃなくね」
「わかります。かっこよくて、綺麗でしたから」
笑顔で答える佐知子に、アイシャは嬉しそうに話を続ける。
「だけど左手の薬指はねぇ……結婚もしてないのに……せめて右手にしなって言ったら、しぶしぶ右手の薬指にして、それからずっーと何考えてたのかわからないけど、右手の薬指にこの指輪の片割れをね。でね、あの子が……戦死した後、あの子の部屋片付けてたら、何とこの指輪がケースに入って見つかったんだよ!」
身を乗り出してアイシャは驚きの表情をする。
「はぁ……」
不思議な展開になってきて、佐知子は少し眉間に皺を寄せる。
「ね? 不思議だろ? カモフラージュなら一つの指輪だけでいいだろ? まぁ、ペアでしか気に入ったのが売ってなかったのか……って思ってケースよく見たら、結婚用のでねぇ……誰かにプロポーズしてふられて諦めきれず自分だけしてたのかとも考えたんだけど……何にも言わなかったし、そんな素振りも見せなかったからあたしにはさっぱり……」
ため息をつくアイシャ。
「どうなんでしょうねぇ……ヨウなら何か知ってるかな?」
佐知子が首を傾げると、
「ヨウも知らないってさ、カモフラージュって聞いてたらしい……指輪の箱も、机の引き出しの一番奥にあったしね……」
その言葉に、佐知子は解けない謎に頭を悩ます……でも、
「答えは……アフマドさんだけにしか分からない、アフマドさんの秘密ですね」
佐知子はふふっと笑った。
アイシャはきょとんとする。そして……ふっと笑った。
「そうさね……あの子の秘密をあの子が亡くなったからって暴いちゃいけないか。それでなくても遺品整理で色々見られちゃってるのにね」
ふふっとアイシャは笑う。
「でも、だったらやっぱりこの指輪は……」
やはり指輪を貰うのを佐知子が断ろうとすると、
「いーんだよ! これはあんたが持ってな! あ、でも指にするのはまずいねぇ……ヨウに勘違いされちまう」
ヨウはあんまり関係ないんだけどなぁ……と佐知子が思っていると、
「あ! じゃあね……」
と、アイシャはゴソゴソと服の胸元から何かを取り出そうとしている。
そして、取り出したのは……
「指が太いし、炊事係で汚したり失くすといけないから……こっちはアフマドがしてた指輪。革紐に通して首から下げてるんだよ。あたしみたいにして持っておいておくれよ!」
黒い丸革紐に通したきらりと光る、同じ金色のアフマドの指輪だった。
「!」
アフマドを身近に感じるものに、佐知子は瞳を見開き言葉を失くす。
「こうしておけば失くさないし、お守りにはぴったりだろ? あたしとアフマド……二人で見守ってるからね! 頑張んなよ!」
再度シルクのハンカチと、アフマドの対の指輪を佐知子の手に、アイシャはぎゅっと握らせた……。
(アフマドさん……)
佐知子の瞳からほろほろと涙があふれ、零れ落ちてくる……。
アフマドさんが渡したかった、この指輪の本当の持ち主には悪いが、ありがたく頂こうと、佐知子は思った。
きっと、私を守ってくれる。
そして、支えてくれる。
辛い時に見て、頑張ろうと奮起させてくれる。
そんな支えになってくれると、佐知子は思った。
「ありがとうございます……大切にしますっ……」
涙を拭い終えた佐知子のもう片方の手も握り、二人は別れの握手をした。




