30 合わせたグラス。
「しかし、この部屋は相変わらずせめぇし、なんもねーなー。まさか共同代表のハーシム様の寝床がこんなだとは誰も思うまい」
黄はタカヤが持ってきたグラスに半分まで自分が持ってきた酒を入れると、次に水差しに入った水を入れた。
すると透明だったグラスの中の酒は白く濁り、水をグラス八分目まで注ぐ頃にはグラスの中は乳白色の液体になっていた。
「寝るためだけの部屋だからいいんだ……無駄に広いと仕事をしてしまう」
変わらずクッションに寄りかかり、窓の外を見てハーシムは水たばこをふかす。
「じゃあ……その仕事の話をするとしますか」
乳白色の酒を一口飲むと、黄が切り出した。
「…………」
ハーシムは眉間に皺を寄せ、黙って白い煙を吐いた。
「お前さん的には、あのお嬢ちゃんをどうしたいんだ?」
黄の質問に、ハーシムはしばらく黙った後、
「……このままでは貧困層であの娘を教祖とした新興宗教が起こる可能性がある。あの娘の身が危ないだろう。町へ出るのは危険だ。だからしばらく……ほとぼりが冷めるまでどこかの屋敷でじっとしててもらうか……他の村か町へ行ってもらうかだな」
くっく、と黄は笑った。
「お前さんは人に誤解を招くよなぁ……あの嬢ちゃんの為を思ってたんだけどなぁ……でもよぉ、あの嬢ちゃんが言ってた、外交官にいっそしちまうってのはどうだ? 外交官じゃなくても……いっそ本当に神の使いだと公表して、交渉の場に連れてけば色々有利になるんじゃねぇか?」
酒をぐびりと飲みながら黄は提案する。
「黄……あんな小娘が外交官なんぞになれるわけないだろう。しかも、そんな神の使いだなんて……連れて行ったらバカにされるのが落ちだぞ」
水たばこのパイプを持ちあげながら、ハーシムは、はーっと白い溜息を吐く。
「分かんねぇぞー? お前んとこの王様なんてこういう話大好きだろ? むしろ噂を聞いたら呼びつけてくるかもしれねぇぞ」
はっはっは! と、黄は笑った。
「もう『俺の国』のシャーではない。俺は国を捨てた」
眉間に皺を寄せながら、ハーシムは言い放つ。
「はいはい、そうでしたね。でも……しそうだろ?」
ナッツを掴み、口に頬張る黄。
深いため息をついてハーシムは確かにその通りだな……あのシャーなら……と、小さくつぶやいた。
「じゃあ、利用しちまえよ。ちゃんとした外交官とまではいかなくても、ちゃんとお前が教育すれば、交渉の有利な道具にはなるだろう」
「……お前はたまに酷い面を見せるよな」
ハーシムはコポコポと水たばこを吸いながら、もう慣れたが。とつけ足す。
「はは、綺麗なままじゃここまでやってこれねぇよ。むしろ俺よりお前の方がまだ綺麗だろ……嬢ちゃんの身を案じて軟禁しようとしたんだし」
ハーシムは少し黙り……
「そうかもな、お前の腹の底は俺もまだ知らんしな」
と、窓の外を見る。
「で? どうすんだ? あの嬢ちゃん」
黄は一杯目のグラスの酒を飲み干す。
「…………」
ハーシムは大きくため息を吐いた。
「答えなんぞ、あの会議で既に決まっていただろう」
そして水たばこのパイプを置き、身体を起こす。
「このままにしておけば、あの娘の身が危ない。まぁ、あの娘が教祖になるというのなら話は別だが。それでも新興宗教の勃興は村の治安を脅かす。娘を隠せば暴動が起きるか起きないか……そしてあの娘が頭を下げて泣きながら頼む事がこちらの利になるのなら……答えは一つだ」
酒瓶を取り、ハーシムは空いているもう一つのグラスに勢いよく注いだ。
「お、飲むのか?」
黄の言葉に、
「飲まずにいられるか。お前、朝まで付き合えよ」
ハーシムはグラスに水を注ぎ、まだ水と酒が混じり切らないうちにぐいっと酒をあおった。
「おーおー、荒れてんなぁ。こりゃ、今夜は大変そうだ」
既に目の据わっているハーシムのグラスに、黄はカチンと自分のグラスを合わせ、苦笑した。




