27 誓った想い。
「はい、サッちゃんはここに座ってね」
扉から入って一番下座の、扉のすぐ側の椅子にセロに肩を押され座らされる佐知子。
部屋にいる人々はあの時と同じ。
ヨウ、セロ、黄、カーシャ、トト…そして一番上座、長く白い大理石のテーブルの先、佐知子の向かいに腕組みをしながらもの凄く不機嫌な顔をして目を閉じて座っているハーシム。と、その横に立っている少年、タカヤ。
セロとヨウも席につくと、ハーシムが腕をテーブルの上に置き両手を組み瞳を開いた。
「娘、久しぶりだな」
冷静だが怒りのこもっているような低いハーシムの声に、佐知子は恐怖で自然と肩に力を入れる。
「は、はい! お久しぶりです!」
そして恐怖しながらもきちんと答えないと殺されるんじゃないかという恐怖感で、必死に答える佐知子。
「……お前は……最近、アーマ宿舎に行っているか?」
すると突然、そんなことを聞かれた。
「え……あ、はい。知り合いがいるので」
佐知子はきょとんとする。
はぁー……と、大きな重いため息をついてハーシムは下を向き、眉間を組んだ手で押さえた。
「あっはっは!」
黄は背もたれに寄りかかり、イスを後ろに傾けながら大きな声で笑い出した。
(え? え?)
疑問符ばかりが佐知子の頭に浮かぶ。
「貴様……最近、村で流行っている噂を知っているか……?」
ハーシムは顔を上げるとじっと佐知子を見つめ、問う。
遠くから、じっと金色の瞳がこちらを鋭く見てくる。
「し、りません……」
恐る恐る佐知子は答えた。
「……どんな辺境の言葉も通じる神の力を持った、神の子がこの村に光臨なされた……」
その言葉に、うっと佐知子はハーシムの金色の瞳から目をそらし、少し下を向き息を止め、体を硬直させた。
ぎゅっとテーブルの下で手を握る。
「アーマ宿舎の住人から元アーマの貧困層に爆発的にこの噂が広がっている……身に覚えは…………あるな?」
ハーシムの威圧的な声に、
「……はい」
と、佐知子はうつむいて答えるしかなかった。
はぁーっと、ハーシムは溜息を吐く。
「何だそのどんな辺境の言葉も通じる力というのは。馬鹿馬鹿しい」
眉間に皺を寄せながらハーシムは腕組みをする。
「あの……」
「サッちゃんはねー! おそらくこの世界の食べ物を食べてから、この世界のどんな言葉も自分の母国語で聞こえるようになったんだよー! で、しゃべってるのは母国語なのに、あ、日本語っていうんだけどね。相手には自分が聞きたい言葉で聞こえるのー! すごいよね! 不思議だよね!! さすが違う世界からきた女神様!!」
佐知子が説明しようとすると、うきうきとしながらセロが立ち上がり全て説明してしまった。
「神の使いだ!」
そして女神様という単語に反応してヨウが叫ぶ。
「……女神でも神の使いでもどっちでもいいが、そんなことがあるわけないだろう……セロまで頭がおかしくなったか。元からおかしいが」
腕組みをしたまま瞳を閉じて、ハーシムはため息をつく。
「あ! ひっどーい! 俺にもサッちゃんにも! 俺が実際にフラーウム語、エウペ語、ホン語、あと少しの辺境の言葉で試したから嘘じゃないし!」
セロは机に両手をバン! と叩き付け、むっとした表情で言い返した。
佐知子はそんな状況を不安そうな表情で見つめる。
「…………その話は本当か? お前はどんな言葉でもわかるのか?」
ハーシムが、少し黙った後、口を開いた。
「あ、はい! 多分わかると思います! アーマ宿舎ではわからない言葉はなかったです!」
その返事を聞いて、ハーシムは瞳を見開き驚いた表情をする。
「おおー! こりゃすげーな! 今のエウペ語だろ? 嬢ちゃんいつ習ったんだ?」
黄が椅子を戻し身を乗り出す。
「え? 今のエウペ語だったんですか?」
おろおろとする佐知子。
「自覚はないのか……本当にニホンゴ……という、母国語で聞こえているようだな……」
ハーシムはむっとしたまま、瞳だけ横を向く。
「じゃあ、今、俺が話してる言葉もわかるか? ホン語で話してんだけどよぉ」
黄が身を乗り出したまま話す。しかしそれは佐知子には日本語にしか聞こえない。
「あ、はい。わかります。私には母国語……日本語で聞こえます」
「おー! 流暢なホン語! すげーな、おい! さすが女神様! ……いや、もう神の使いと言った方がいいかもしれねぇな」
黄は乗りだしていた身を戻す。
「…………」
ふぅっと、ハーシムは息を吐く。
「本当に言葉がわかるのはわかった。信じよう。だが、お前をこのままにしておくわけにはいかん。アーマ宿舎に行くのは禁止だ。使用人小屋にも置いておけんかもな……どうするか……」
その言葉の数々に佐知子の表情は歪んで行く。
そんな時、
「サチコ……」
黄の隣に座っていたヨウが、佐知子の名を呼んだ。
佐知子はヨウを見る。
「……思い出せ、ギドの丘で誓ったことを……お前は本当は何がしたい? ハーシムさんに伝えてみろ……」
ヨウはじっと深い緑色の瞳で、佐知子を見つめ、そう言った。
その言葉に佐知子はヨウの瞳を見つめながら、看護部屋の惨状、アフマドの死、アイシャの泣き叫ぶ姿、川で感じたヨウの涙……そして、ヨウに励まされ誓った想い……それらを走馬燈のように脳裏に巡らせた。
ぎゅっと膝の上のカンラを両手を握ると、顔を正面に戻し決意を固めた表情で、ハーシムの金色の瞳を見つめる。
「ハーシムさん」
静かに、落ちついた声で、佐知子は話し出した。




